前年に比べて著しく収入が減った場合には、一度納めた税金を取り戻す「繰戻し還付」制度を利用できる。しかし、それが例えば自身の不倫を原因とする収入減や、賠償金支払いによる納税資金不足であっても、問題なく制度を使えるのだろうか。新型コロナウイルスの感染拡大によって資金繰り難にあえぐ事業者が続出するなか、不倫問題で世間を騒がせたアンジャッシュ渡部の事例を基に、税金の〝取り戻し〟制度について理解を深めてみたい。
お笑いコンビ、アンジャッシュの渡部建(47)の不倫問題が、世間を騒がせている。佐々木希さん(32)という妻がありながら複数の女性と不倫関係にあったことを『週刊文春』が報道すると、本人はその事実を認め、司会を担当するテレビ番組などに出演自粛を申し入れた。不倫相手が複数人いたこと、佐々木さんが育児中であったこと、折しも新型コロナウイルスの流行を受けた自粛期間中であったことなどから、それまで好感度の高かった渡部に対する世間の評価は急落し、今は復帰の時期を語ることすら許されていない状況だ。
渡部は本業のお笑いに加えて、情報番組の司会、グルメ評論など幅広く活躍していた〝売れっ子〞だった。これまでの年収もおそらく数億円を下らないが、それらが全て活動自粛となり収入がゼロに近づくのだから、当人の心の不安は尋常ならざるものだろう。では渡部の収入の激減を税金面から見ると、どのような影響が考えられるのだろうか。
渡部は芸能事務所「人力舎」に所属していて、形としては個人事業主とみられる。つまり納めているのは、所得税だ。前年分の税金については、新型コロナウイルスの影響による確定申告期の延長などがあったものの、おそらくは既に確定申告を済ませて、納税も完結しているはずだ。そうなると前年までの高年収にかかる所得税の納税資金に対する不安はないといっていいだろう。
とはいえスキャンダル以降の収入減を考えれば、できれば納めた税金を一部でも取り戻したい。そこで思い浮かぶのが、所得税の「純損失の繰戻し還付」制度だ。同制度は、前年に黒字で税金を納めた事業者が、今年は赤字になってしまったという場合に、その赤字の範囲内で納めた税金の還付を受けられるというものだ。
彼に対する社会の厳しい視線を踏まえると、ほぼ年内復帰はないといっていい。つまり収入はこのまま上がらず、今年の年収はかなり厳しいものとなる可能性がある。一方で、渡部は芸能界きっての食通として知られ、グルメ関連の仕事を多く持っていたため、都内の飲食店を食べ歩くことも業務の一環として認められる可能性が高い。活動自粛の間に足繁く名店に通い、その支出を損金として計上すれば、「赤字」を作り出せるかもしれない。つまり渡部が「純損失の繰戻し還付」を使える可能性はあるといえる。
もっとも「繰戻し還付」制度自体が、今年に入って収入が激減して手元資金に困っているという人が使う制度だ。その手元資金を費消してまで、あえて赤字を作り出す必要はないだろう。仮に赤字があったとしても、還付を受けるより復帰後の所得増に備えて「純損失の繰越控除」制度のほうを使いたいと考えているのではないか。
そして今回の渡部の不倫問題とカネについて考える場合、避けては通れないのが「賠償金」だ。
近年、東出昌大やベッキー、また不倫問題ではないが沢尻エリカやピエール瀧の不祥事など、有名芸能人のスキャンダルによって、出演予定だった番組や映画に大きな穴があくケースが相次いでいる。
そのため、最近の芸能界の契約書は、内容が非常に厳格化され、本人の落ち度によるスキャンダルが発覚した際には、数千万円から数億円の賠償金を設定することも珍しくない。
そうした風潮のなかで発生した渡部の不倫問題に対しては、業界からも驚きと失望の声が多いというが、売れっ子だった渡部が負うべき賠償金は、一説によれば3億円を下らないという。渡部が売れっ子芸能人でこれまでの貯蓄があるとはいえ、3億円の負債が重くないわけがない。
そこで、この3億円を赤字として「純損失の繰戻し還付」を受ければいいではないかと考えるが、そうは問屋がおろさない。繰戻し還付はその名の通り、対象となるのはあくまで「純損失」だ。この純損失とは具体的に、事業所得、不動産所得、山林所得、総合譲渡所得から生じる損失を指す。
そして賠償金は、業務中に発生した非過失の交通事故の賠償金などを除き、事業所得上の損失には含まれない。もちろん、業務と関係ない場面での出来事に対する賠償金も対象にならない。渡部については、新型コロナの自粛期間中の〝六本木ヒルズデート〞が業務に関係しているというのは、あまりに苦しい言い訳だろう。出演自粛によって収入が激減するなかでも、数億円の賠償金を支払う以外になさそうだ。
そんな渡部に、住民税の負担が追い打ちをかける。所得税と異なり、住民税の税額は前年の所得を基に算出される。つまり現在の収入がどれだけ減っていても、前年の高所得に対する多額の税金を納めなくてはならない。そして住民税に繰戻し還付のような制度はなく、減免制度はあるものの前年の収入による利用制限があって渡部が使えるようなものではない。こちらでも渡部は救済を受けられず、高負担を受け入れるしかないだろう。
税の〝取り戻し制度〞は、当然、コロナ禍のような避けられない理由によって収入が減った事業者が対象となっている。渡部は完全に「身から出た錆」であるため制度の対象外となっても同情の余地はないが、現在のコロナ禍によって苦しんでいる事業者は、「純損失の繰戻し還付」や「純損失の繰越控除」、住民税の減免制度などをフルに活用して、負担を少しでも減らしたいところだ。
個人事業主だけではなく法人にも「法人税の繰戻し還付」「欠損金の繰越控除」などの制度がある。法人税の繰戻し還付については新型コロナウイルスの感染拡大を受けて要件が緩和され、資本金10億円以下の法人まで対象が拡大されている。コロナで経営に深刻なダメージを受けている企業は顧問税理士と相談のうえ、使える制度をすべて使って事業の立て直しに全力を尽くしたい。
(2020/08/06更新)