ねもと・じろう
昭和3(1928)年生まれ。東京都出身。東京府立五中から静岡高校を経て東京大学法学部に進む。昭和27(1952)年に卒業すると日本郵船へ入社。企画部門や定期航路部門を歩み、平成元(1989) 年に社長就任。平成3(1991)年には旧・ナビックスライン(現・商船三井)のコンテナ船子会社、日本ライナーシステムを吸収合併して業界再編に先手を打った。円高の長期化による海運不況に際してはコストのドル化を推進。同時に海運・陸運を一体で提供する総合物流サービスを強化して難局を乗り切った。「的確な時代認識を持ち、そのなかでどういう価値を企業として追求するかを決め、その処方箋(計画)を立て、実行し、チェックする。これを正しく繰り返すことを肝に銘じて行えば、盤石だと思います」と語り、明確な「長期計画」の必要性を徹底して説いた。また「苦しいときこそ、長期で考え、基本を実行するのです」として、その実践に取り組んだ。日本船主協会会長、日本経営者団体連盟会長、運輸政策研究機構会長、土地政策審議会会長、石油審議会会長、中央教育審議会会長などの公職も数多く歴任。デフレ不況に直面する経営者に対して「企業というものは大きな危機にぶつかると短期的なその場しのぎの対策に陥りがちな気がします。しかし、実はピンチのときこそ長期的な視点が必要なのではないでしょうか」と苦言を呈した。平成26(2014)年、86歳で死去。