相続はいつやってくるか分からない。だからこそ事前に入念な準備をしておきたいが、相続対策は節税対策だけにとどまらず、家族のことや財産に関するさまざまな対策が必要で、専門家以外の人が対応しようとすると後々大きな痛手を負いかねない。その相談相手として経営者が最初に思い浮かべるのはやはり顧問税理士だろう。しかし、相続対策は法人へのアドバイスと異なる部分が多く、税理士に依頼しても、請けてくれないこともあるようだ。相続対策は早期に取り掛かるほど良い結果につながる。自分の財産を守り次世代にしっかり渡すためにも、自分から積極的に税理士へ相続の話を持ち掛けるようにしたい。
全国に7万6千人いる税理士の多くは、会社の「顧問税理士」として法人の申告書の作成支援や税務アドバイスをすることをメーン業務に据える。税理士はいったん顧問になると、月次決算や年次決算で定期的に報酬を受け取れ、安定した収益を得られる。これに対して相続税の申告業務は、定期的に必ず依頼があるわけではなく、また依頼主が〝固定客〞になるものではない。そもそも相続税の申告対象になる被相続人は年間10万人で、税理士が依頼者と出会える可能性は、381万社ある中小企業と比べて圧倒的に低い。
そして、相続の内容は家族によって千差万別で対応が難しく、土地評価など専門性が高い。医者には専門診療科目があり得意分野がそれぞれ異なるように、税理士にも専門分野や得意分野があり、相続手続きをはじめとした相続関連業務を苦手にする人は多い。
都内の山田彰浩税理士(仮名)は、「相続財産が5千万円くらいだと報酬は数十万円程度。手間の割にもらえる額が少なく、会計事務所としては収益性が低い」として、基本的に財産が数千万円程度の相続は割が合わないと判断し関わらないことにしているという。山田税理士によると、同様の考え方の税理士はほかにもいるそうだ。
そうはいっても、自分の財産を守るためにはやはり相続の専門家に相談する必要がある。経営者にとって身近な相談相手はやはり顧問税理士なのだ。
経営サービスを提供するミロク情報サービスの調査では、経営者が顧問税理士を選ぶ際に重視する項目として、「基本業務(節税支援など)の丁寧さ」と「人柄や人物」がほかを大きく引き離して上位に挙げられた。相続においては人柄が合うかどうかは特に重要で、財産や家族構成を相手にオープンにしなければならない以上、信頼を置ける人でなければ任せることはできない。そのため、まずは顧問税理士が相続の相談に乗ってくれるかどうかを確認するのが一般的だ。
顧問税理士は、月初や決算期などに定期的に会社を訪れる。その際、相続の相談に乗ってくれるかどうかを会話のなかで確認し、相続のパートナーとしての適性を見極めるようにしたい。相続は家族の生活に大きな影響を与えるものであり、遠慮は無用だ。いざ相続が目の前に迫ってきて慌てる前に、経営者自ら顧問税理士に相続の話を持ちかける積極性が求められる。顧問税理士も相続対策の重要性を当然認識している以上、真摯にこたえてくれるだろう。
万が一その税理士に任せるのが不安だと感じたら、別の専門家を探さなければならない。日本税理士会連合会のホームページに設けられた税理士検索ツールで近場の税理士を探すのもひとつの手だ。検索サイトではその税理士の「主要取扱業務」を調べることができる。「相続税」や「贈与税」を取り扱い分野としているなら、相続対策の相談経験があり、依頼を受けてくれる可能性がある。また、インターネットで「相続専門税理士」などのワードと地域名で検索すると、相続対策を得意とする税理士が何百人と出てくる。
いずれの方法で依頼する税理士に目星を付けるにせよ、契約締結は実際に税理士と会ってから判断するのが望ましい。会わないと人柄が分からないうえ、相続対策への姿勢も見えてこないからだ。
その税理士のアドバイスが節税面だけを強調してくるようであれば要注意だ。相続税の代表的な節税策に、現金を不動産にかえて財産の評価額を抑え、納税額を少なくする手法がある。金融機関でローンを組んで不動産経営をすれば、現金を持っているより相続時の財産評価を抑えられ節税できる。しかし、不動産経営がうまくいかなければ、納税額が少なくなっても次世代に残せる財産そのものが減ってしまう。節税面だけではなく不動産の収益性も含めたアドバイスをしてくれるかどうかは重要だ。
残せる財産の多寡だけではなく、相続を〝争族〞にしない対策を考えてくれるかどうかも重要なポイントになる。例えば、自分の孫を養子にする節税法を安易に勧めてくるときは気を付けたい。
孫養子は法定相続人になるため、相続人1人あたり600万円差し引ける相続税の基礎控除額が増える。同様に生命保険金の非課税枠と死亡退職金の非課税枠がそれぞれ500万円増加する。さらに将来起きる子から孫への相続を一回なくせることになる。税金だけを考えれば孫養子は有効な手だ。しかし法定相続人の増加は他の相続人の取り分の減少を意味する。ただでさえもめるおそれがある相続で、本来遺産をもらえるはずのなかった人が加われば、トラブルの確率は大きく跳ね上がる。その点をきっちり説明しないで節税面だけを強調するのは問題だろう。
相続は専門性が高く、いくら相続に強い税理士といっても本人だけで対応できないことは多い。そのため、その税理士事務所が金融機関、不動産会社、生命保険会社、信託会社、弁護士事務所などの関連機関とのネットワークを築けているかどうかも確認するようにしたい。
自分の財産を守るには自分から動かなければならない。もし顧問税理士と相続の話をしていないのであれば、経営者自ら積極的に話を持ち掛けるようにしたい。
(2017/08/30更新)