制度スタートから1年余

金融資産に課される出国税にご用心!

国外への贈与や相続も対象


 1億円以上の金融資産を対象に、海外に持ち出す際の含み益に課税する「国外転出時課税」制度がスタートしてから1年余りが経過した。パナマ文書の流出などで富裕層の税逃れへの視線が厳しくなるなか、税率の低い諸外国への資産持ち出しをターゲットにした同制度が再び注目されている。2016年度税制改正では複数の見直しがなされていることから、国外への贈与・相続も対象となる同制度の内容をしっかり把握しておきたい。


 国外転出時課税制度は、有価証券など1億円以上の金融資産を持っている人が海外に住所を移して出国する際、あるいは海外にいる親族などに財産を贈与・相続する際に、その段階で資産が売却・決済されたとみなして含み益に譲渡所得税を課する制度だ。2015年度税制改正で導入され、昨年7月1日にスタートした。

 

 それまで、株式などを売却した際の差益、いわゆるキャピタルゲインへの課税は、売却時に居住している国に課税権があった。そのため巨額の含み益を持つ株式を保有したままキャピタルゲイン非課税国に出国し、その後に株式を売却することで税負担を回避することが可能となっていた。

 

 外務省の資料によると、近年キャピタルゲイン非課税国であるシンガポールやニュージーランドへ移住して永住権を認められる人の数は年間約700人に上る。この数字にはすべての永住者が含まれるため非課税制度を求めて移住した人の数を正確に反映しているわけではないとはいえ、財務省は「そういう富裕層が増えていることが永住者増加の背景にあることは確かだ」として移住による税逃れへの対策を求め、「出国税」の導入に至ったわけだ。

 

「納税管理人」を選ぶ必要も

 同制度の対象となるのは、株式や投資信託などの有価証券、匿名組合契約の出資持分、国債、未決済の信用取引・発行日取引・デリバティブ取引といった資産を合計で1億円以上所有し、国外転出や国外贈与・相続をする日までの10年間のうち5年を超えて国内に住所を持っている人だ。条件に当てはまる人が海外移住したり、国外に居住する人に贈与・相続を行ったりしようとすると、課税要件を満たすことになる。海外出張や海外旅行などは当てはまらない。

 

 未決済の段階で課税をするため、当然納税者によっては手元に納税資金がないということも考えられる。そのため、同制度では最大10年間の納税猶予を設けている。ただし納税猶予を受けるためには、出国までに税務申告などを代行する「納税管理人」を必ず選ばなければいけないことに注意したい。

 

 また出国をしたからといって、全員が出国先で有価証券を売却するわけではない。贈与・相続であれば、海外に留学していて将来帰国することが確実な子どもに財産を譲り渡すことも珍しくないだろう。そのため同制度では、出国、贈与、相続があった時から5年以内に資産を持つ人が帰国したときには、その課税のすべてを取り消すと定められている。他にも、納税猶予を受けている間に有価証券の価額が下落した際には、当初定められた税額を減額することも認められている。

 

譲渡損の損益通算が可能に

 国外転出時課税制度は昨年7月にスタートしたばかりの制度だが、16年度税制改正ではさっそく内容の細かい見直しが図られた。まず相続財産が出国時課税の対象となったときの扱いが変わった。

 

 一旦、法定相続分に従って転出時課税制度の税額を算出した後で、遺産分割協議や遺留分減殺請求などで取得分が変わった場合には、増加したなら修正申告が必要となり、減少したなら更正の手続きを行うことができるようになった。

 

 また国外転出時課税によって株式に譲渡損が出たときには、利益が出た分から損失を差し引ける損益通算ができるようになっている。併せて、翌年以降の譲渡益から差し引ける繰越控除を使うことも可能となった。

 

 同制度では実際に株式を譲渡しているわけではないので損失は確定したものではないが、税負担の大きさなどを踏まえて損益通算、繰越控除が認められることとなった。さらに同制度の対象となる金融資産から新株予約権が除外されることや、納税猶予を受けた際の納付期限がこれまでの5年から5年4カ月へとわずかながら延長されるなど、細かい改正がなされた。制度の実効性を高めていくため今後数年間こうした〝微調整〞が続く可能性があり、引き続き注視していく必要があるだろう。

 

 国外転出時課税制度の対象となるのは、あくまで合計1億円以上の金融資産を持ち、かつ国外に住所を移そうとする人だ。対象となる層は少なく、ほとんどの人にとっては関係のない話に思えるかもしれない。しかし国外に保有する財産の内容を報告させる国外財産調書に未提出への罰則規定が設けられ、18年から銀行口座にマイナンバーが紐付けられる予定からも分かるように、国外転出時課税に限らず税務当局は富裕層の資産移動に狙いを定めている。

 

 賢く節税をしていかなければ搾り取られるだけになりかねないことを踏まえ、しっかりと資産プランを練っていきたいところだ。

(2016/09/06更新)