日本税理士会連合会(日税連)は、関係省庁に提出した2019年度の税制改正に関する建議書で、同一の被相続人から受け継いだ資産について、他の相続人の相続税額まで連帯して納付しなければならない「連帯納付義務」を廃止するよう求めている。相続人が借金の保証人のように相続税の連帯責任を負っていることはあまり知られていないが、当局が国税の滞納額減少に向けて血眼になっている現状では、相続税連帯納付の適用が増加していくことも容易に想定される。連帯納付の対象とならないためには、遺産分割時に各自の担税力をしっかり話し合っておくしかないようだ。
かつて、家父長制のもとで先代の資産を長男が全て引き継いでいた時代には、国は一括して遺産全てに税金を課す遺産税方式を採用していたため徴収漏れが少なかった。それが戦後になって現行憲法のもと権利の単位が家から個に代わり、次男以下の弟姉妹などにも遺産が渡るようになったことで遺産取得税方式に移行した。民主化にともなう当然の姿だが、納税義務者が増えればそれだけ徴収漏れも増すことになる。そこで相続税法に盛り込まれたのが連帯納付義務制度だ。
相続税および贈与税では、遺産を相続した相続人が複数いれば、その全員が相互に連帯保証の義務を負う。当局は相続人の誰かひとりでも税金を滞納すれば連帯納付の請求をすることが可能になる。そして、当然ながら連帯納付にも延滞税がかかることになる。2012年の改正までは14・6%の延滞税が課税されていたが、改正後は4・3%の利子税となっている。なお、借金の連帯保証人制度と酷似しているが、連帯保証人のように債務者当人に支払い能力があるかないかを問わず請求できるものではない点は異なる。
連帯納付制度で注目したいのは、本来の納付義務者が滞納した後に連帯納付義務者に督促状が届くという点だ。本来の義務者の財産が差し押さえられる前に兄弟たちに督促状が届くこともあるわけだ。つまり、当局は本来の納税義務者の資産が処分しやすいものか、また公売にかけて実入りがよいものかなどを分析し、他の相続人にあたったほうが効率が良いと判断すれば、本来の納税義務者の資産に手を付けずに、兄弟たちに当たることも可能なのだ。
現状の税制を是正することを目的に日税連では、毎年の税制改正に合わせて建議書を各省庁に送っているが、2019年度の税制改正に向けては、相続税と贈与税の連帯納付義務の廃止を訴えている。その論拠は、「自らの意思で連帯保証の責めを負っていない者が連帯保証債務を負う結果となることもある」というものだ。
昨今、中小事業者が融資を受ける際に社長個人が連帯保証人となって生活を脅かされる事態が社会問題化しているなか、日税連の主張が世の中に受け入れられる余地は十分にあるが、改正に結び付く見通しは立っていないのが現状だ。
ただ、ご先祖から受け継いだものは家長を中心に家族全員で責任をもって管理し、そして納税しなければならないという戦前のようなルールに不満の声も多く、税務当局からの督促に不服を申し立てる件数も相当数に上る。しかし、国税不服審判所に持ち込んでも訴訟になっても、法律でしっかり明記されている以上、納税者側の主張が通ることは少ない。
こうして法律にがっちりと組み込まれている連帯納付義務だが、免除要件も整備されているので紹介しておく。まず、申告期限から5年が経過したものは、課税の時効で免除となる(贈与税は6年、悪質な滞納は7年)。そのため、時効の規定にならい、期限から5年以内に税務署から連帯納付の督促を受けてしまうと時効はストップする。連帯納付の対象になってしまったときは税務署がうっかり督促を忘れてくれればいいと思うだろうが、現実にはそうある話ではない。
連帯納付が解除されるもうひとつの要件は、納税義務者が延納や納税猶予を受ける場合だ。本来の納税義務者がしっかりと納税する意思を見せて延納または納税猶予の手続きをすれば、連帯納付義務者が責務を問われることはない。この猶予には事業承継税制による猶予も含まれるので、覚えておきたい。
連帯納付に携わった経験のある税理士によると、相続から数年後に突然、督促状が届いたときには、皆一様に驚き、そして次の瞬間には「どう払うか」ではなく、「どうすれば自分は逃れられるか」を考えることが多いという。カネが絡めば兄弟姉妹といえども良好だった関係が壊れることは珍しくない。遺産分割でも数多くの〝争族〞事例が報告されているなか、やっとの思いで済ませた相続だ。それが何年も経ってから、誰かひとりの滞納によって全員に火の粉が降りかかるとなれば、相当厳しい話し合いになることは間違いないだろう。
また、家を継いだ長男が「父の生前には家に寄り付きもしなかった妹だが、遺産だけは平等に分けてあげよう」などと考えた結果、妹が受け取った遺産を全部使ってしまった挙句に「お兄さん、わたしの分の相続税もよろしくね」などとしれっと言ってくることだって十分にあり得る話だ。
制度が「徴収しやすい」という目的先行である以上、納税者の心情的にはおもしろくない制度であり、資産も家族関係も崩壊させる危険性を孕んだ税制と言えなくもない。ただ、一見、理不尽に見えても、法律上は納税の義務が明記されている以上、国民としては従うしかない。
残された親族が疑い合うのは誰も好むところではないはずだ。だからこそ、各自が相互に他者の連帯保証人になるのだと認識し、遺産の分割については慎重に判断するしかない。
(2018/10/02更新)