国際課税に関する今後の方針を定めた「国際戦略トータルプラン」を国税庁が公表した。相続税や所得税の上限引き上げ、タワーマンション節税の規制など、いわゆる富裕層を狙った課税が強化されるなか、当局が富裕層課税の本丸と位置付ける海外資産(資産フライト)に攻め入る姿勢を明確に示した形だ。今後は、スーパー富裕層の資産逃避にも強気で切り込む可能性が高まるだろう。海外資産に、かつてない厳しい目が向けられるのは確実だ。
トータルプランでは、情報リソース、調査マンパワー、グローバルネットワークの3分野の充実を図ることが柱に据えられている。
まず情報リソース(資源)だが、現在は外国への送金にあたっては1998年に施行された国外送金等調書により、100万円を超えるときは金融機関から税務署へ情報が流れる仕組みとなっている。また2015年に始まった国外財産調書では、海外に5000万円超の財産があるひとなどは毎年税務署に届け出なければならない。ちなみに16年は約8900件の調書が提出されている。だが、調書の提出義務者の全体を把握できていないことから、この数字が全体の何割かは把握できず、当局でも「氷山の一角」と見ている。そのため今後はOECDによる各国の共通報告基準(CRS)に基づき、非居住者の金融情報を加盟国間で共有していくという。
調査マンパワーの充実については、現在、東京、大阪、名古屋の3国税局に置かれている、50人からなる「重点管理富裕層プロジェクトチーム」を増員して全国に拡大する方針だ。さらに、国際課税の司令塔として国税庁国際課税企画官(仮称)を新設するとともに、すでに設置されている国税局統括国税実査官(国際担当)をはじめ国際税務の専門官を国税局と税務署で増設する。
グローバルネットワークの強化では、OECDのBEPS(税源浸食と利益移転)のプロジェクトとの情報交換を通じて各国と関係性を強化しつつ、対象国を拡大していく予定だ。トータルプランでは「富裕層は、弁護士や税理士といった専門家や富裕層向けにサービスを提供する金融機関が組成した複雑な取引の組合せにより税負担を軽減・回避しようとすることがあります」と、専門家の助言により租税回避をする傾向があるとし、富裕層以外の納税者の不公平感をなくすためにも「積極的な調査を実施していく」と高らかに宣言している。
こうした強い口調からは、これまで〝もっとも取りやすい層〞とされてきた年収5千万円から1億円クラスの、いわゆる高所得者層だけにとどまらず、巨大企業やスーパー富裕層にも突進していく意気込みが見えてくる。
トータルプランを見て、東京・渋谷区で貴金属商を営む男性は、「はじめは、また俺たちの層が狙われると思ったが、海外資産に関してはもっと上のほうのスーパーリッチマンを標的にしているような気がした。税務署の権限強化は危惧するところだが、さんざん優遇されてきている超富裕層からはもっと(税金を)取ってほしいね」と、虐げられてきた層としての鬱憤を吐き出した。
たしかに、これまで常に増税の標的にされ、重負担を強いられてきたのは、年収5千万円から1億円の層、つまり中小企業の経営者クラスだ。仮に「中間高所得者」と呼ぶが、この層への重税は、消費増税など大衆増税への不満をガス抜きするためにも利用されてきている。
アベノミクスによるトリクルダウンはついに訪れることなく、国民は苦しい生活を強いられ、そんな中でパナマ文書が公表されて不公平な税の仕組みが表面化した。国民の政と税への不信感が高まるなか、政府は相続税率と所得税率で一部の上限を引き上げるなど、富裕層にも厳しく徴税している姿勢をアピールして、大衆の不満のガスを抜くための施策を繰り返した。だがその中身は、相続税は資産6億円超が55%に引き上げられただけで、資産数百億円の大富豪と6億円クラスが横並びにされたに過ぎない。
また所得税も上限が年収1800万円の上に「4000万円超」という線が新設されただけで、年収4001万円の中小企業の社長さんが、9億9800万円のカルロス・ゴーン氏と同枠にさせられたというだけで、結局は大衆層の不平不満分を中間高所得者に被せたに過ぎない。
だが、巨大企業や超富裕層には甘い日本政府も、国際世論の高まりに重い腰を上げざるを得なくなってきた。富裕層の申告漏れ所得金額は13年では311億円だったのが15年では516億円に跳ね上がった。さらに海外投資を行っている富裕層に限れば、12年の52億円から15年には168億円へと3倍にも膨らんだ。
これまでも当局では、①消費税、②海外、③相続、④富裕層―を調査の重点項目に挙げてきたが、今後は「海外」と「富裕層」がセットになって本格始動する。この下地として財務省と国税庁は、納税者に租税回避スキームを指南した税理士などに、その内容を報告するよう義務化するルールを新設すべく検討に入っている。税理士の守秘義務とも絡み慎重に進めてもらいたいが、勢いに乗る課税強化の流れを止めることは難しいだろう。さらに、一般の税務調査について定めた国税通則法と、マルサによる強制捜査の根拠法である国税犯則取締法を融合させる動きもあり、日本税理士会連合会の会長が検討の席に呼ばれるなど、具体的な段階に入りつつある。
脱税は犯罪だが、節税は納税者の権利だ。グレーゾーンの「租税回避」がどう扱われるかは世論の動向にも左右されるだろうが、今後はいかに合法的な節税であろうとも、海外を使ったスキームは慎重に取り組む必要があるだろう。痛くもない腹を探られないよう、顧問税理士ともよく相談して対応していきたい。
(2016/12/30更新)