賃上げをした企業の法人税の負担を減らす「所得拡大促進税制」が今年度から変わった。要件が緩和され、税優遇が大きくなるなど企業にとってうれしい見直しとなっている。最近では社員の転職防止のために賃上げを行う会社も多い。利益が薄いなかで賃上げが避けられないのなら、せめて所得拡大促進税制を活用して負担増を最小限に抑えたい。また同税制を巡ってはプロである税理士のミスも絶えず、いらぬ税負担を増やさないためには、社長も制度の内容をしっかり把握しておきたい。
東京商工リサーチの調査によれば、2018年度に賃上げを予定している中小企業は全体の85・6%に上るという。調査では17年度には82%の中小企業が実際に賃上げを行ったとの結果も出ていて、今年度はさらにそれを上回る大多数の企業がベースアップや賞与の増額など何らかの給与増額を予定しているということになる。
なんとも景気の良い話に聞こえるが、賃上げを行う理由を見てみると、実態はそれほどでもないことが分かる。賃上げをする理由(複数回答)として「業績回復」を挙げたのは4社に1社に過ぎず、最も多かったのは「従業員引き留め」の76・1%だった。労働人口の減少によって人材難が深刻化するなかで、会社の業績にかかわらず、社員をつなぎとめるために賃上げが避けられなくなっているわけだ。
もちろん賃上げは、優秀な人材の定着や社員のモチベーションアップにつながるため、長い目でみれば会社にとって利のあることだ。自社の成長にとって欠かせないステップと言ってもいい。しかし短期的に見れば賃上げは人件費の増大であるのも確かで、賃上げによって会社の経営が苦しくなってしまえば本末転倒だ。賃上げをするにしても、なるべく会社の負担増は抑えたい。
3月末に成立した18年度税制改正では、賃上げ分の一部を法人税額から控除できる「所得拡大促進税制」が見直されている。同税制は13年度改正で導入されたものの、優遇を受けるための要件が厳しく複雑だったことから、「制度の効果で賃上げがなされたかというと、自信があるわけではない」(麻生太郎財務相)と言われてしまうような〝不人気税制〞だった。
しかし安倍首相が毎年のように企業に賃上げを促すなかで、たびたび手が加えられ、財務省が2月に国会へ提出した租税特別措置(租特)の適用実態調査報告書によれば、所得拡大税制の利用件数は16年度には10万社弱と、3年間で9倍にまで増加した。その流れを引き継いで、最新の18年度改正でも大幅な要件の簡略化や優遇の拡大が行われたことになる。
これまでは、①2012年度に比べて給与が一定以上増え、②前事業年度より給与総額が増え、③前事業年度より雇用者1人当たりの平均給与が増えている――という3つの適用要件を満たす必要があった。
18年度税制改正では、①と②の要件を完全に撤廃した。その上で、前年度からの1人当たりの平均給与増額を規定した③について、中小企業では前年度比1・5%増、大企業は3%増というシンプルな基準を設けた(表)。大企業については、その年の国内設備投資の額が減価償却費の90%を下回ると適用できないという設備投資要件も新設した。
優遇内容も見直され、控除できる法人税額は原則として賃上げ額の15%で、中小企業は2%以上の賃上げを行い、教育訓練や経営力向上への取り組みを実施すると最大25%を控除できる。大企業は前期より教育訓練費を2割以上増加させれば、最大で賃上げ額の20%を控除できるようになった。全体的に、要件はよりシンプルになり、優遇内容については生産性向上の要素が盛り込まれた見直しだと言えるだろう。これらの改正は、今年4月以降に開始する事業年度の賃上げに適用される。
注意したいのは、毎年のように要件が見直されているせいか、税のプロである税理士であっても所得拡大税制の適用を間違えるミスが多発しているという点だ。株式会社日税連保険サービスの資料によれば、同税制の適用を顧問税理士が忘れて会社に損害が発生したというケースは15年度に61件、16年度に44件発生している。損害が1000万円以上となったケースも複数あった。
ある賠償事例では、税理士が一度適用可否を確認しながらも、優遇を受けられるだけの賃上げに達していないと誤認したまま申告書を提出してしまったという。半年後に顧問先の社長から所得拡大税制の適用がないことについて質問を受けて、再確認して初めて適用要件を満たしていることに気付いたが、もう遅かった。税務署に更正請求をしたものの認められず、最終的には企業が顧問税理士を損害賠償で訴える事態に発展している。
会社としては、顧問税理士に報酬を払っている以上、税に関しては税理士が正しく申告してくれているものと信じている。しかし税理士にもミスはあり、それが多いのが所得拡大税制だ。自社の損得に関わる最低限の情報として、社長も制度の概要は押さえておきたい。
今後少子化が進むに伴い、より人材確保が難しくなっていく。会社としては、利益が薄いなかでの賃上げを余儀なくされるだろう。所得拡大税制などの税優遇を活用して負担を抑え、将来的な自社の成長につなげていく手腕が経営者には求められている。
(2018/06/01更新)