経営者の功績「3倍」のナゾ

数十年変わらぬ〝常識〟

少ないサンプルで決められた全国基準


 役員報酬額の妥当性を巡る国税当局との対立では、特に争いとなりやすいテーマが2点ある。そのうちの一つが、「残波裁判」でも争われた、最終月の役員報酬だ。そしてもう一つのポイントが、役員の長年の貢献を数字で表す「功績倍率」と呼ばれるものだ。


 最終月の報酬額に加えて、役員報酬を巡る裁判で争点となりやすいポイントである「功績倍率」とは何か。そもそも功績倍率という言葉自体があやふやだが、要するに退職する役員が会社にもたらしてきた「貢献」を退職金の額に反映させるための補正率のようなものと言える。そして実務においては、この功績倍率は「3倍」として計算するのが通例だ。

 

 役員退職金の金額を算出する明確な規定は税法や通達にはない。しかし実務では、おおむね「退職慰労金=最終の役員報酬月額×役員勤務年数×功績倍率」という計算式が用いられる。

 

 この計算式に、一般的に用いられるという功績倍率の「3倍」を当てはめると、「最終月の役員報酬×勤務年数」に3を掛け合わせたものが、妥当な退職金の額となるわけだ。多くの税理士も顧問先の指導に当たっては3倍を超えないよう指導するし、国税も3倍を超えると「過大」と判断する一つの目安にしている。

 

 そもそも、なぜ功績倍率の相場は3倍なのか。それは昭和40〜50年代にあったいくつかの裁判で、「3倍が妥当」とされたことが判例として生かされているからだと言われる。

 

 例えば昭和55年に東京地裁が下した判決では、功績倍率について「同業種、類似規模の法人を抽出し、その功績倍率を基準とすることは合理的である」と判示した。その根拠として、昭和47年時点の民間調査で、役員退職金の計算根拠を持っている682社のうち154社が前述の「退職慰労金=最終の役員報酬月額×役員勤務年数×功績倍率」という計算式を利用していたこと、その平均功績倍率が社長3・0、専務2・4、常務2・2、平取締役1・8、監査役1・6であったことを挙げている。

 

 またこの裁判では、下谷税務署管内と、原告と同じく不動産業を営む法人の比較的多い麹町、神田、京橋、豊島の5つの各税務署管内の同業種法人のなかから法人7社を対象として選び、13人の役員をサンプルとして抽出したところ、功績倍率の平均は1・9から3・0だったことも合わせて、納税者に「最も有利な最高値」である「3倍」が適当だとした。

 

 つまり現在まで用いられている全国の中小企業の役員退職金の基準は、昭和当時のごく限られた地域、業種を基に算定されたデータが根拠となり、数十年が経った今も変わらず使われている。

 

「3倍」ならば問題なしか?

 しかも困ったことに、では「3倍」を適用さえすれば問題ないかといえば、そうとも言い切れない。例えば平成25年には、納税者が「14・5」、課税庁が「3」を主張して争ったところ、裁判所はさらに下回る「1・18」が適正であると判断した事例がある。

 

 この裁判で納税者が示した14・5という数字は、「残波裁判」と同様に同業類似法人のなかで最高のものを利用したものだったが、裁判所は「最高功績倍率を適用できるのは、平均功績倍率を調べるための抽出件数が僅少であり、かつ、当該法人と最高功績倍率を示す同業類似法人とが極めて類似していると認められる場合」に限るとして、納税者の訴えを却下、それどころか課税庁が主張した「3」すら下回る1・18という倍率を用いるよう命じている。他にも「2・5」、「1・4」「2・3」など、裁判の結果3倍を下回る功績倍率が適用された例は枚挙にいとまがない。

 

 ただし現状として、「3倍」を用いておくことが最大のリスク対策となるのは否定できない。「残波裁判」でも、最終月の役員報酬については強気に出た納税者も平均功績倍率は3倍として退職金額を算出していた。功績倍率について法廷で争われなかったのは、これが理由でもあるだろう。

 

 裁判所は、功績倍率は類似した業種や規模の法人から導き出されるというが、役員報酬と同様に、同業他社の平均的な功績倍率など納税者は知りようがない。そのため納税者としては、「とりあえず3倍を当てはめつつ、否認リスクも覚悟しておく」といった消極的な選択をせざるを得ないのが実情となっている。

 

納税者は平均倍率を知ることができない

 ただし着目したいのは、こうした納税者にとって不利な流れに一石を投じる判決が近年出ていることだ。昨年10月に地裁判決が出た事例では、新潟県の部品製造販売業者の退職金の額が争われた。

 

 原告の業者は退職金の算定の際、功績倍率として「6・49」という数字を採用した。一般的な〝常識〞とされる3倍からはかけ離れた数字だ。これに対し課税庁側は3倍に固執こそしなかったが、県内の類似5法人の退職金などを基に平均功績倍率は「3・26」であると主張し、超過分は損金に含められないとした。

 

 両者の主張に対して裁判所は、平均功績倍率を少しでも超えるものを「高額」と考えるのは硬直的だと指摘した。さらに納税者が同業他社の退職金を参考にするのは現実的には難しいとして、平均からある程度離れることは「許容するのが妥当」と認めた。そして許容できる範囲として「平均の1・5倍」という基準を示し、平均功績倍率3・26の1・5倍となる「4・89倍」を超える部分のみが損金に含められないと結論付けた。

 

 納税者が類似法人の正確な役員給与や功績倍率を知る方法がない以上、ある程度までの逸脱を許容すべきというのはもっともな話だ。もちろん本判決でも、高額な退職金を無差別に許容するわけではなく、具体的な功績などによって個々に判断されるべきと判示されてはいるが、課税庁に比べて納税者が持つ情報が少なすぎる点を考慮した判決が下されたことは画期的と言える。「平均功績倍率の1・5倍」が役員退職金の〝新常識〞となるかはまだ分からないが、少なくとも既存の硬直的な運用を司法がとがめたことは確かだ。

 

 役員退職金の金額を算定する上でどうしても難しいのは、経営者の功績を数字上で表現することだ。しかし退職金が会社の功労者に対して報いる最後で最大の機会である以上、なるべく多く支払ってあげたい、受け取りたいと思うのは当然だ。

 

 近年の税制改正では、上場企業にのみ認められてきた業績連動の役員給与が一部の中小企業に拡大されている。さらに税の専門家である日本税理士会連合会が、業績連動給与を全面的に中小企業へ拡大するよう求めるなど、経営者に対するインセンティブを認める動きが拡大しつつある。税理士とよく話し合い、否認のリスクを極力抑えた上で、長年の経営努力に最大限報いる役員退職金の額を考えたい。

(2018/08/02更新)