国税当局の実地調査が本格化する〝税務調査の季節〞を迎え、調査対象になった企業は慣れない対応に大きな負担を感じているだろう。税務調査官となるべく接したくないという本音があるなかで、経営者は税務調査を回避できる可能性があると言われている「書面添付」の概要を知っておきたい。調査回避以外にも金利優遇などのメリットがある書面添付とはどのような制度なのだろうか。
書面添付制度とは、顧問税理士が税務申告書の作成時にどのような資料をもとに計算したか、また数字の増減の理由は何だったのかといった、申告書だけでは読み取れない内容につき解説した書面を作成し、申告書に添付して提出する制度だ。顧問税理士が申告書の中身を補強することで「適正申告につながる」(国税庁)としていて、申告書の対外的な信頼性が高まるという。
書面添付を利用することで受けられるメリットは、税務調査を事前にシャットアウトできることがあるという点だ。書面添付された申告について国税当局が調査するにあたり、納税者への事前通知に先立って担当税理士に「意見聴取」の場が設けられる。ここで当局の抱いた疑義が解消すれば、税務調査に発展することを未然に防ぐことになる。国税当局は書面添付を「税務調査の省略を前提とした制度ではない」としているが、税理士の意見聴取の段階で疑義が解消されれば、納税者は調査官からのプレッシャーにさらされなくて済むのは心強い。
なお、税務調査で申告漏れなどを指摘されて修正申告すると、本来納めるべきだった税金に加えて、日数に応じた延滞税、さらに過少申告加算税または重加算税が課されることになるが、意見聴取で申告漏れが発覚し、その段階で修正をしたときは、自主的な修正申告とみなされ、過少申告加算税や重加算税が課されない。納税者の税負担が重くなるリスクを予防できるということになる。
書面添付制度を利用すると、申告書の信頼性向上により、優遇融資が受けられる可能性があるのも無視できない。金融機関のなかには、申告書に税理士の書面が添付されている企業に対して低利率の融資を提供しているところもある。また、ある金融機関の融資担当者は、「決算書だけではわからない会社のことが具体的に分かり、実態を把握しやすくなる。そのため、審査のスピードが通常の案件と比べて格段に速くなる」と、税務のプロによって内容の信頼性が保証されていることを高く評価する。
そのようなメリットがあるにもかかわらず、平成26年度に税理士の関与があった法人の申告書のうち書面添付されていた割合は8・4%と、利用率が低い状況にとどまっている。ただ、税理士業界では徐々に活用法を探り始めている人が増えてきた。1万人の税理士・会計士が所属するTKC全国会が全国13会場で開催する「書面添付フォーラム」には、会員・非会員あわせて多くの税理士が詰めかけている。参加した税理士のひとりは、「これまで書面添付制度を敬遠してきたが、もしお客様のためになるのであれば、活用を検討したい」と、参加した理由を語る。
手探り状態の税理士は多く、日本税理士会連合会(日税連)がこのほどとりまとめた税理士向け書面添付制度解説リーフレットは「書面添付制度をご存じですか?」と、まずは認知度を上げることから取り組まざるを得ないのが現状だ。日税連はホームページ上の書面添付制度の説明のなかで、「(税理士にとって)余分な仕事のようで煩わしい」「一度提出して、その後やめたら、痛くもない腹を探られないか」といった税理士の懸念をとりあげており、利用に二の足を踏んでいる人が多いことを明らかにしていた。
書面添付作成費用を別途設定している税理士事務所も多いが、メリット・デメリットや費用対効果を踏まえて税理士に活用を相談したい。
TKC全国会の書面添付フォーラムの東京会場(9月6日開催)では、都内で中国料理店を営む五十嵐美幸さんが、親の経営していた飲食店が税務署の指導を受けたことが、子どものときからトラウマになっていたと語った。
「親の店に税務署がまた来るのではないかとびくびくしていた。『経営は怖いもの』というイメージが常にあった」しかし、自分の店を立ち上げたときに契約を結んだ顧問税理士が、書面添付制度に基づいたきめ細やかな経営指導をしてくれたことで、そのような不安が払しょくされたという。税務調査におびえながらの経営から脱却した五十嵐さんは、「仮に税務調査を受けることになっても、自信をもって対応できると思う」と胸を張る。
書面添付制度で税理士が確認したはずの会計処理が間違っていれば、その税理士が責任を負うことにもなる。そのため、書面添付に積極的に関与しない税理士には、「決算書の内容が信用できない会社に書面添付をしたくない」「経理がしっかりしていて社内監査も完璧なところにしか利用できない」という本音がある。制度のメリットを受けるためにも、経営者自身が適正な経理意識を高めなければならないだろう。
添付書面の作成過程上、顧問税理士が経営や財務の疑問点を随時確認してくるため、結果的に自社の経営の実態をきちんと把握することになる。また、税理士が確認してきた部分に誤りがあれば訂正し、可能な限りミスのない申告書を提出することにもつながる。添付書面の作成のために税理士との話し合いを重ねていくなかで自身の経営に自信を持てるようになるようだ。
(2016/11/01更新)