新型コロナの感染拡大の影響で実質的にストップしていた国税の実地調査が再開した。国税当局は長い自粛期間の空白を埋めるべく、高額な追徴が見込める納税者を狙ってくるだろう。高額還付を受ける人や高所得者の申告は対象になりやすい。調査が行われなかった間にも当局は内部調査を進めていたため、対象となった納税者は例年以上に厳しい調査になることを覚悟して臨まなければならない。
都内で不動産会社を経営する山科浩一さん(仮名)は9月下旬、顧問税理士から突然の電話で「税務署が調査をしたいと連絡してきた」という連絡を受けた。
「コロナ禍で税務調査は行われていないと聞いていましたので意外でした。2月に申告してからしばらく経っていたので今年の調査はないものと考えていたのですが……」
事前連絡をしてきた担当官は、コロナ禍での売上の変動など会社の経営状態を質問したほか、実地調査にあたって調査官と納税者が一定以上の間隔を取れる間取りとなっているか、事業所の換気はよいか、さらに山科さんと税理士の体調も確認したという。話し合いの結果、翌月以降に調査を受けることになったという。
新型コロナウイルスの感染拡大の兆しが見え始めた2月中旬以降、国税当局は「3密」の状態になりやすい実地調査を実質的にストップさせていた。だが9月下旬からは、山科さんのように税務署から調査の事前通知を受ける納税者が徐々に増えている。
国税当局はかつてない無調査期間の空白を埋めるため、再開にあたっては相当の気合を入れて臨む姿勢だ。だが、コロナ禍で国民生活が疲弊するなかで強引な調査や無理筋の否認をしたとなれば、世間から厳しい批判を浴びることになる。
そうした事態を避けるため、当局の狙いは必然的に、効率よく、短期で、一定額以上の徴収が見込めて、しかも世間から非難されることが少ない対象に絞られる。つまるところ「富裕層」ということになるだろう。実際、実地調査の事前通知を受けた税理士によると、「高額還付や高額所得の申告が対象になっている」という。
高所得者が対象になるという点では、〝コロナ特需〟によって業績が伸びた事業者も注意が必要だ。法人所得が極端に増加した会社は今後狙い撃ちされる可能性が高い。名古屋市の金子尚弘税理士は「ネット関連サービスや通販関連の事業者など、コロナ禍で明らかに売り上げを伸ばしている事業者は狙われやすい」と注意を促す。
また、近年は海外資産が調査のターゲットになることが多い。例年以上に「取りやすいところから取る」姿勢だとすれば、巨額の資金を海外に持っている人を調査の対象とする可能性がある。
実際の調査にあたっては、国税庁が公表した感染防止策に注目したい。訪問時のマスク着用はもちろんのこと、職員の人数や滞在する時間を可能な限り最小限にするとしている。以前までの税務調査は2人1組で納税者のもとに訪れることが多かったが、職員の人数を最小限にするということは、1人での調査が増えるものとみられる。
強面の調査官が2人から1人になれば納税者が感じるプレッシャーは減るかもしれない。だが、元国税調査官の佐川洋一税理士(東京・渋谷区)は「机上での事前の準備調査には、例年以上に時間的な余裕があった。再開直後に対象となる会社には、より深度のある税務調査が実施されるのかもしれません」と話す。調査官の人数が半減しても、事前準備は例年以上にしっかり整えてくるだろう。やはり、油断は禁物だ。
このほか、コロナ禍では納税者との接触の機会を可能な限り避けるため、国税当局は納税者に文書で疑問点を投げかけて回答させる「お尋ね」を多用するものと予想される。前出の金子税理士は「不安定な情勢で金の相場が上がっているので、金の売買をした場合はお尋ねがいきやすくなっていると思います。また持続化給付金を申請した事業者の中で申告内容にちょっとした不明点がある事業者にもお尋ねを送る可能性があります」と見ている。
再開後の調査はこれまで以上に細かいところを突いてくるとみられる。例年にも増して万全の準備を整えておきたい。
(2020/10/28更新)