秋に待ち構える峻烈な税務調査

春はコロナで延期されたが…


 国税庁はこの春、税務調査を行わないとの方針を示した。新規の調査のほかに、すでに事前通知があったものや現在進行形の調査も延期されることから、多くの案件が仕切り直しになるものとみられている。コロナ対応で「税務調査どころではない」という経営者としては、ほっと胸をなでおろしたことだろう。だが、調査できない期間が長引けば長引くほど、リスタート時にはそれだけ厳しい内容となることは想像に難くない。あくまでも当局は〝充電中〞という認識で、気を抜かずにいたい。


 各地で感染が拡大する新型コロナウイルスについて、京都大学の山中伸弥教授は「長いマラソンのような闘い」と表現し、終息までは相当程度の時間が必要との認識を示した。

 

 政府は大幅な収入減となった事業者に納税猶予の措置を設けることを閣議決定したほか、国税庁は確定申告を当初予定の4月17日以降も受け付けることとした。このほか、税務大学校で予定されていた1千人規模の新人研修を動画視聴に変更するなど、税務を取り巻く状況も非常時モードとなっている。

 

 税務調査については3月9日、税理士が関与する納税者へは4月16日まで実地調査を行わない方針であることを告げる通知が日本税理士会連合会に届いた。納税者と職員の接触を避けることのほかに、政府の自粛要請などで売り上げが激減している事業者の状況から判断したものとみられている。また3月だけで9つの税務署に感染者が訪れていたことから業務を一時中断し、署内の消毒作業などに追われた。確申期とも重なり、現場の混乱は察するに余りある。

 

 すでに署内では不要不急の外出自粛が徹底され、出張にも制限がかかっているということから、緊急事態宣言が出されて以降は税務調査再開のめどが立っていない。都内の国税OB税理士の一人は、「4月16日どころか、(7月の)人事異動までの調査はおそらくないでしょう」と語る。中堅職員からは「内部処理がたまっている」「調査対象の選定に時間を割けない」という声が漏れ伝わってくることなどからも、本格的な調査再開は早くとも夏から秋にかけてとなりそうな気配だ。

 

「中止」になるケースも

 ただ、平時より〝挙署一体〞で取り組むこととしている確申期には新規の税務調査を差し控える傾向にあるものの、近年の税務調査では一件あたりに費やす時間が長引くことが多く、税務職員も税理士も多忙となる確申期前に終わらないことも多い。

 

 そのためかなりの量の〝ペンディング案件〞が出ており、納税者サイドとしては「なんともすっきりしない人もいる」(前出のOB税理士)という。このOB税理士は税務署の担当者から「継続中の案件については、納税者とも相談しながら負担にならないよう慎重に進めていきたい」と言われたというが、コロナ騒動のなかでどう転ぶかは分からない。

 

 税務当局が新事務年度を迎える7月には人事異動がある。継続案件は新しい担当者にバトンタッチされることから、「延期でなく中止になることもあるだろう」(同)という見方もある。2011年の東日本大震災のときには、延期となった税務調査が、そのまま行われなかったというケースも報告されている。いずれにしても納税者サイドとしては情勢を見守るしかないだろう。

 

 仮に予定されていた調査が延期になったところで、「あまり深く考える必要はない」と語るのは、国税OBの松嶋洋税理士だ。「国税から延期などと言われるとかえって構えてしまう人もいるでしょうが、むやみに勘繰る必要も恐れることもありません」とし、加えて「流れてしまうこともありますので、わざわざ突っついて藪蛇にしないほうがいい」とアドバイスする。

 

エンジンはいつでも始動可能

 ただ、当局は税務調査を延期はするものの、「今後はしない」ということではもちろんない。関西に住む国税OBの一人は「過去の大震災などを見ても、延期が長引いた後の調査ほど厳しくなる傾向がみられます。今は弓を引き絞っている状態だと思ったほうがいい」と、調査という矢はいつでも放たれる状態であると述べる。

 

 税務調査の延期が政府の方針だとしても、だからといって徴収税額を下げていいという話にはならない。別の国税OBで元特別国税調査官の都内の税理士は、「政府に対してコロナという言い訳が通用するのなら別ですが、調査の現場ではやはり数字(ノルマ)を求められるはず」と語る。新型コロナウイルスの影響で多くの業界が今年は大幅な売り上げ減になるだろうが、そのなかでも必ず税務調査は復活し、そして春の遅れを取り戻すべく秋の調査シーズンでは峻烈なものになる可能性が高いということだ。

 

 そこで狙われるのは、国税が〝重点項目〞に指定している「富裕層」の海外資産、昨年10月に大増税があった「消費税」、それに不正の常連とされる「飲食業界」だろう。今回、東京都の小池百合子知事は、「バーやナイトクラブへの出入りを控えるように」と自粛を呼び掛けたが、名指しで指名された飲食業界としては、売り上げの大幅ダウンに加えて、コロナ後の税務調査の対象となっては、まさに泣きっ面に蜂だ。

 

 コロナ終息のめどは立っておらず、税務調査の再開時期も未定だ。しかし、調査はいつか必ず実施されるものであり、そのときは相当にシビアなものになることを覚悟しておいたほうがいい。エネルギーチャージ中の当局はいつでもエンジン再始動できることを忘れずにいたい。

(2020/06/02更新)