残された会社の寿命は半年!?

社長に忍び寄る健康リスク

倒れてからでは遅すぎる


 会社の存続を危うくする経営リスクにはさまざまなものがあるが、なかでも特に予想しづらく、会社の存廃に直結するのが経営者自身の健康リスクだ。社長が突然倒れた中小企業の〝寿命〞は一年に満たないとも言われる。今はすこぶる健康でも、ある日突然、命に関わるような病が見つかる可能性は誰しもある。もしそうした事態が起きた時、社長自身が療養に集中し、再び健康を取り戻すためにも、前もっての万全の対策が必要となる。


 社長を取り巻く経営リスクには、さまざまなものがある。景気の落ち込みや取引先からの受注減といった外的要因もあれば、社員の不祥事や情報漏えいなどといった内的な理由もあるだろう。経営者はそうしたリスクに対して日頃から対策を講じ、突発的な事態にも対応できるよう、日々考えをめぐらせている。だが、それでもリスクは完全に排除できないし、リスクの中身によっては会社の経営を揺るがしかねないものも存在する。その代表的なものが、経営者自身の「健康リスク」だろう。

 

 社長自身が営業に飛び回り、自社の屋台骨となっているような中小企業の場合、万が一社長に何かあって倒れてしまった時の会社の寿命は一般的に「半年」と言われる。立て直しを図るあいだにも金融機関への借入金の返済、仕入先への支払い、社員への給与、月々の固定費などが待ったなしで発生し、備えがなければ「倒産」の2文字がちらつくのは驚くほど早い。

 

 経営者ともなれば心身ともに充実し、「病、なにするものぞ」と考える社長さんも多いかもしれない。しかしどんなに体力と健康に自信のある人のもとにも、病魔は来るときは来ることを忘れてはいけない。会社のことを思い、家族のことを思うように、自分の体も思いやれているのだろうか。

 

 健康リスクの最たるものは、言うまでもなく「がん」だ。厚生労働省が今年3月に発表したデータによれば、がんで死んだ人の割合は死亡した総数の28・7%を占め、数ある死因のなかで最も多かった。さらに10万人のうち、1年間にがんで死ぬ人が何人いるかを表す死亡率を見ると、がんで死んだ人は295・5人で、続く心臓病の156・5人を大きく引き離した。ちなみに交通事故などの不慮の事故はがんの10分の1ほどの30・6人だ。がんは1981年から30年以上、不動の1位となっていて、いわば交通事故なども含めたあらゆるリスクの「親玉」とすら言える。

 

 また国立がん研究センターの「がん統計」では、年齢別のがんへの罹患率が明らかにされている。それによれば、年齢によるがんへの罹患率は男女ともに加齢に従って緩やかに増えつつも、45〜49歳では10万人当たり200人ほどだ。それでも交通事故よりは圧倒的に多い数字だが、問題はそこからの男性の罹患率で、50〜54歳で319人と一気に1・5倍以上に膨れ上がり、さら55〜59歳で512人、60〜64歳で805人と加速度的に罹患率が上がっていく。その後も加齢に伴い罹患率は上昇し、統計によれば、生涯でがんに罹患する確率は、女性なら47%、男性に至っては63%で、2人に1人以上の確率で何らかのがんに罹患する可能性があることを示している。

 

 50代前半での罹患率は0・3%ほどとはいえ、これまで何の病気もしてこなかったという健康な人でも、がんのリスクは常に抱えていることを踏まえなければならない。さらに今後リスクは増加する一方で、健康リスクへの備えは「不安になってから、そのうちに」ではなく、今のうちにやっておかねばならないことだろう。

 

医療保険とがん保険の違い

 健康リスクへの備えとしては生命保険に入っているという人が多いだろう。もちろん生命保険がもしもの時の備えとして重要なことに疑いようはないが、しかし病気は「罹患イコール死亡」というものではない。

 

 まず復帰を見据えた療養生活があり、それは場合によっては数年にわたり、当然多くのお金がかかることになる。療養する間は会社を社長抜きで回さなければならない。後継者がいれば承継を前倒しすることもできるが、それにも長い時間をかけての準備が必要だ。生命保険を解約して返戻金を諸々の費用に充てることも一つの手だが、本来の目的である死亡時の家族への保障ができなくなる。

 

 こうした金銭面での不安を軽減する方法の一つが、医療保険だろう。生保と異なり、病気にかかったことによる損害と治療にかかるコストに特化した保障内容は、療養生活の強い味方となるはずだ。特に近年では、公的年金制度が不安定で老後資金への不安が高まっていることや、発がんリスクの周知もあってか、医療保険のなかでも「がん保険」の加入者が増え続けている。公益財団法人生命保険文化センターが2016年に行った調査によれば、何らかのがん保険やがん特約に加入している人の割合は37・8%と4割に迫る勢いで、この15年間でほぼ2倍に増加したという。

 

 ここで、医療保険とがん保険の違いを簡単に確認しておきたい。どちらも病気に対する保障があるという点では同じだが、医療保険が脳卒中や糖尿病、さらにはけがまで保障対象に含めているのに対し、がん保険は名前のとおり、がんのみを対象としている。

 

 その分、がんの治療は長期間に及び、治療費もかさむという面から、多くのがん保険では一般の医療保険と違い入院給付金に日数制限がなく、さらに先進医療を受けた時にも別途給付金が支払われることが多い。診断を受けた時点でまとまった額の給付金が支払われるケースも多く、がんという深刻な病気に対して特化して、求められるサポートを備えているというのが、がん保険の特徴と言えるだろう。もちろん保険会社や商品によっても違いがあるので、実際に契約する際にはしっかり中身を確認するようにしたい。

 

 前述したように、がんは他の病気を死因率で引き離し、罹患率でも2人に1人の確率という、最大の健康リスクだ。万が一の備えとして講じる一手目として、がん保険は適していると言えるかもしれない。

 

事業承継税制も視野に

 税金の面から「がん保険」を見てみると、近年の大きなトピックスとして、2012年に終身のがん保険に関わる税務の取り扱いが変わっている。それまでは、返戻金のあるタイプの終身がん保険に法人が加入した場合には、払い込んだ保険料の全額が損金となる「全損プラン」が認められていた。このタイプの商品は企業の節税策として大流行したが、通達の改正によって、以降は保険料の2分の1を資産計上するよう改められている。

 

 とはいえ、現在では全額が損金になるような保険は他にもないし、2分の1は損金計上した上で社長の健康リスクに備えられるのだから、有用な保険商品であることに変化はない。また解約返戻金のある保険商品であれば、退職に合わせて解約し、返戻金を退職金に充てることで利益を相殺するという手も使えるだろう。ただし受取人を従業員や家族とした場合には、その従業員への給与扱いとなる点に留意したい。

 

 もちろん、健康リスクへの備えは金銭面だけではない。経営面で言えば、経営者がもし一時的にいなくなっても最低限の業務が回るよう、普段から役員や従業員らで補える体制を整えておくことが必要だ。さらに、もしも療養生活に入って、そのまま復帰できずにリタイアすることになるという展開も想定して、事業承継の準備を早期から始めておくことが必要となるだろう。

 

 社長自身が突然いなくなるわけではないため、相続トラブルがすぐに発生するわけではないが、自社株の後継者への引き継ぎにも相応の時間がかかるし、そもそも後継者候補がいなくては、承継はできない。経営哲学を伝えたいなら、より長い期間が必要だ。まだまだ自分が現役を続けるつもりだからと先延ばしにするのではなく、健康だからこそ時間を多く割いて思い通りの承継ができるのだと認識して、今から準備を始めたいところだ。

 

 承継を進めていくにあたっては事業承継税制の利用も視野に入れたい。事業承継税制は、中小企業の経営者が相続や贈与で自社株を引き継ぐ際の税負担を軽減するという制度で、15年度税制改正で親族外承継も対象となり、17年度改正で猶予要件を満たせなくなったケースでの税負担が軽減されるなど、使い勝手が増しつつある。

 

 同制度を利用した場合、相続で引き継ぐなら納税猶予される自社株の割合は発行済議決権株式の約54%となるのに対して、贈与で引き継ぐなら約67%となり、贈与のほうが猶予額が大きくなる。自社株の引き継ぎを検討したいが税負担が怖いので尻込みしているというようなことであれば、ぜひ同制度の活用を検討したいところだ。

 

 何よりもまずは、日頃の健康管理と定期的な受診によって社長が健康を保つことが、自分にとっても会社にとっても一番だ。だがそれは、もしもの時の備えをまったくしないということではない。会社や家族を守り、何よりも病気が見つかった時、自分が物心両面の憂いなく療養に専念するためにも、健康リスクへの対策を決して怠らないようにしたい。

(2017/09/28更新)