2017年1月から個人型の確定拠出年金(DC)の加入対象者が拡大される。新たに加わる対象者数は2600万人。「貯蓄から投資へ」の流れを加速させようと官民の取り組みが進んでおり、金融、証券業界では節税効果を売り文句に、掛け金の拠出がスムーズに進めば、少額投資非課税制度(NISA)と並ぶドル箱商品になることが期待されている。また、企業型の加入者は右肩上がりで増えており、もはや確定拠出年金は企業にとって無視できない存在になっている。制度が改まるこの機会に確定拠出年金について理解しておきたい。
厚生労働省によると、2016年3月末で548万2千人だった確定拠出年金制度(企業型)の加入者は、前年から43万人増加し、06年の173万人からみれば10年間で3倍以上に増えている(グラフ)。また会社では加入していないものの個人で加入する確定拠出年金(個人型)は、16年3月末で25万7千人に増加した。個人型については、これまで自営業者などに限られていたが、新たに2600万人が対象者に加わる。
東京・大田区で製造業を営むSさんは、「将来、自分の会社がどうなるかわからないし、従業員にも責任をもって年金を手渡すことができないかもしれない」と、会社の年金制度を確定給付企業年金から企業型のDCに切り替えたいきさつを話す。
何よりも会社としてのリスク回避を優先したという。「税制面の優遇も大きな利点でしたが、従業員には申し訳ないが、自分の財産は自分で管理してくださいという考え方です。導入に至るまでに相当の議論を要しました」と振り返った。
国民年金や厚生年金などに代表される従来の年金制度は、将来どれだけの給付額を受け取れるかが確定している「確定給付年金」だった。「確定給付」という名前からも分かるように、退職後に支給される金額が、あらかじめ決まっている年金制度だ。加入者にとっては老後の計画が立てやすく、安心できる制度だ。
ただし、約束した給付額を確保するために、加入者が支払う保険料が変動することがある。経済環境が厳しくなる中で、年金資産を予定通りの利回りで運用できないケースが目立つようになってきた。約束した給付額を達成できなくなれば、企業は不足分を埋めなくてはならなくなる。不足分は債務となり、企業経営の健全性を損なうリスク要因になることから、前出のSさんのように確定給付型の年金制度は持ちたくないという企業が増えている。
給付型に対してDCは、毎月どれだけを支払うかが決まっている年金だ。毎月決まった額を拠出し、その積立金を基に本人が掛金を資産運用し、その損益が給付額に反映される。掛け金は企業が拠出するが、運用については加入者である従業員自身が指示を出して行う。たとえ運用に失敗したとしても、企業はその責任を負わないところが、給付型との違いだ。このため「自己責任型の年金」と呼ばれることがある。
DCへの加入者が増えている背景には、国の公的年金制度に対する不安があることも見逃せない。現役世代からすれば、支払う保険料は増えるにもかかわらず、自分が将来払い込んだ分に見合うだけの年金を受け取れるかは未知数だ。であれば、せめて自分の老後資金は自分で稼がなければならないという状況が、DCの加入者増につながっている。
DCは一般の投資と変わらないのだが、特筆すべきは年金制度ならではの手厚い税優遇がある点だ。DCの税制優遇は、「拠出時」「運用時」「受取時」の3つの局面で得ることができる。これ以上ない税優遇を受けている年金と言っていいだろう。
まず「拠出時」には、DCに会社が拠出した掛け金は会社の損金として全額非課税になる。企業型で会社が負担する掛金は、加入者である従業員にとっては給与扱いにはならない。つまり、給与の20%前後を占める社会保険料や税金が差し引かれずに積み立てられていくのだ。
加入者本人が払い込んだ掛金も、全額が所得から控除される。自分で負担した掛金分だけ計算上の所得を減らす効果が期待でき、その分、所得税や住民税の負担が軽くなる。つまり、会社が出した掛金も、本人が出した掛金も、まったく税金がかからない。自分の老後のために積み立てたお金が、現在の所得から差し引かれることになる。
「運用時」には、投資運用によって得られた利益や利息、配当、分配金、売却益のすべてが非課税となる。ここが通常の株式投資と大きく異なる点だ。金額や期間の制限のあるNISAと比べても、DCのほうが圧倒的に有利だ。通常の株式投資なら、譲渡益の20%が課税されることを考えても、より有利にお金が増えていくことにつながる。DC制度のなかで得た利益ならどれだけ稼いでも税金がかかることはない。ただし拠出できる掛け金は青天井ではなく、限度額が設けられている。
そして「受取時」だ。年金として受け取る時に、公的年金等控除として一定額を所得から控除できる。一時金として受け取った時にも退職所得控除を受けられるメリットがある。
個人型で税制メリットを検証してみる。例えば課税所得が400万円、勤務先に独自の年金制度がないサラリーマンで、限界税率は所得税(20%)と住民税(10%)とする。個人型を限度額の上限である年間27・6万円利用すると、所得税が5・52万円、住民税が2・76万円、合わせて8・28万円節税できる。この部分は確実な儲けだ。しかもDCは金融機関の手数料がなく、投資信託の販売手数料(2〜3%が多い)と比べると有利で、運用管理手数料も安い。
17年1月の加入対象者拡大を受け、金融機関も商品開発に積極的になってきた印象だ。ポイントとなるのが、加入者は銀行や保険会社、証券会社などから「運営管理機関」を選ぶことだ。あるファイナンシャルプランナーは「運用管理手数料が年率0・4%のような投資信託ばかり提供する運営管理機関を選んではいけない。せっかくの税制恩典が、高い手数料を支払わされるはめになり、元も子もなくなる」とアドバイスする。
原則として60歳を過ぎるまで使えないお金になってしまうデメリットはあるが、将来のための貯蓄を少しでも始めておこうと思う人にとっては、DCを利用しない手はない。だが、DCの本質は「投資」であることは心にとどめておかなければならない。15年度の投資実績では、約36万人がマイナス利回りに落ち込み、年金を稼ぐどころか資産を目減りさせてしまっている。運用を疎かにし、経済状況が悪化すると、年金額が想定より減ってしまうことも否定できない。
税制面では多くのメリットがある同制度だが、運用面では不安を残す。一部報道では、手続きなどを怠って運用がストップし、そのまま放置された拠出金が1500億円近くになっていることが明らかになっている。これらの〝休眠年金〞は利子が付くどころか管理手数料などを取られて年々目減りしていくため、気づけば老後の資産がゼロということもあり得ない話ではない。
確定拠出年金(DC)は、高齢社会化が進むなかで公的年金の将来の給付金額が減少していくことを踏まえ、老後に向けた自助努力を促す目的で導入された制度だ。企業が加入する企業型、個人で加入する個人型のうち、2017年1月からはこれまで個人型に加入できなかった公務員、専業主婦、別の企業年金制度に加入しているサラリーマンなどが加入できるようになるなど、政府は同制度を拡充し、さらに普及を進めていく考えだ。16年6月末時点では企業型の加入者が600万人、個人型の加入者が約30万人で、今後さらに加速的に増えていくことが予想されている。
DCでは、企業型を採用している企業から採用していない企業に転職したり、会社を辞めて起業したりする時に、企業型から個人型への変更や一時金受け取りなどの手続きをしなければならない。しかし、この手続きを怠った結果、運用がストップして放置されたままになっている拠出金が57 万人分、金額で1430億円にも上ることが明らかとなっている。加入者の増加に比例して、放置される拠出金も年々増加しているという。
転職などによって運用がストップしてから手続きを行うために設けられている期間は6カ月間だ。半年を経過しても手続きがなされなければ、積み立てた掛け金は厚生労働省所管の国民年金基金連合会に移され、保管されることになる。移行には1口座につき約4千円の手数料がかかり、その後も掛け金には利息が付かず、逆に年間約600円の管理料が差し引かれていく。長期間放置すれば、手に入るはずだった運用益がゼロになり、年間手数料はかなりの額になってしまう。
年金記録を管理する日本・インベスター・ソリューション・アンド・テクノロジー株式会社のホームページには、「弊社において記録している住所に通知を送付させていただきましたが、住所不明等により返送されたため公告いたします」として、〝休眠年金〞加入者の氏名、登録された住所がズラリと並ぶ。だが、実名の公表によってどの程度の反応があるかは未知数だ。
厚生労働省はDCの加入企業に対して、退職者には移換手続きが必要であることを説明するよう義務付けてはいるものの、罰則は設けていない。そのため多くの企業が説明を怠っている。掛け金を預かる形になっている国民年金基金連合会でも、加入者に対して手続きを求める通知をしているが、引っ越してしまい所在が分からなくなる人も多い。
企業型と個人型を合わせてすでに600万人を超える加入者を持つ同制度だが、金融機関が商品開発に注力していることもあり、加入者は今後さらに加速的に増えていくことは確実だ。制度の普及が進むにつれて〝休眠年金〞も増えていけば、多くの人の老後の資産が危機に晒されることになる。
持ち主が消息不明となった個人資産といえば、銀行に預けられたまま動きのない休眠預金がある。しかし休眠預金が今後もおそらく使う当てのない資産であるのに対して、積み立てられた年金は、確実に老後使う当てのある資産だ。増えているはずの老後の蓄えが気付いた時にはゼロになっていたということがあってはならないだろう。政府は制度普及だけでなく、制度内容の周知や注意点の徹底も欠かさないようにする責任がある。
(2017/01/04更新)