今年も税務調査の件数がピークを迎える季節がやってきた。調査される側としてはいつ来ようが歓迎したくない気持ちに変わりはないが、この季節の調査は他の時期に比べても念入りということもあり、万が一の漏れもない準備と対策が求められる。今年は特に、滞納件数の増えている消費税と、昨年1月に増税した相続税が調査対象として狙われる可能性が高い。特に気を付けておくべきポイントはどこにあるのか、税務調査の傾向を探る。
国税庁や国税局の新年度は、毎年7月に始まる。人員転換を経て業務の引き継ぎを終え、新たな職場にもすっかり慣れて、いよいよ税務調査に乗り出すという時期が、年度開始から2〜3カ月が経った今頃ということになる。「税務調査の秋」と言われるゆえんだ。
調査件数が多い季節は他にも確定申告期を終えた4月頃があるが、春の調査は各部署や人員に割り振られた〝ノルマ件数〞を6月末までに達成するという意味合いが強い。数をこなすことに主眼が置かれるため1件あたりの調査期間は短く、内容も軽くなる傾向がある。それに比べて秋の調査は、しっかりと時間をかけて納得がいくまで調べられる。企業にとっては秋こそ警戒すべきということだ。
調べられる内容に目を向けてみると、調査は全税目について行われるため、手を抜いても安心などという項目は一つもない。それでも特に万全の注意を払うべきポイントを挙げるならば、今年は消費税と相続税が重要項目となりそうだ。
国税庁が毎年6月末に公表する実施計画では、次年度に特に力を入れる重点活動項目が示されている。今年7月にスタートした2016事務年度には、消費税の無申告や不正還付に対して、税務調査を「的確」かつ「厳正」に行うとはっきり明記された。それだけでなく、国税庁長官や各国税局長の就任会見でも、消費税の不正への対応は積極的に取り組むべきテーマとして繰り返し語られている。
こうした方針のもと、さっそく9月中旬には、東京都の荷役請負会社が消費税を4200万円脱税したとして東京国税局に告発されたというニュースが報道されている。課税当局は通常、個々の調査事例は公表しないのだが、秋の税務調査シーズンを前に、「消費税を徹底的にやる」というメッセージをこめて自ら情報をマスコミ各社に流した、という見方もささやかれている。
国税の取り締まり強化の背景には、近年消費税の滞納額が凄まじい勢いで増えている状況がある。税率が5%から8%に増税された14年以降、消費税の滞納額は2年間で1・6倍に増加した。2年半後に税率が10%に上がることを思えば滞納がさらに増えるのは明白で、消費税への取り締まりが今後厳しさをより増していくのは間違いない。
また特筆すべきは、増え続ける消費税の滞納を上回る勢いで「滞納整理」が進められているという事実だ。未納分の徴収、差し押さえなどの滞納整理によって、国税の滞納残高は1998年度をピークに17年連続で減り続けている。その裏には税務調査を受け、追徴課税を払えずに財産を差し押さえられ公売にかけられてしまった企業の存在がうかがえる。たかが消費税などとは言えず、税務調査に入られてからでは遅いということを認識した上で、普段から納税資金を確保するための資金繰りを含め、しっかりと準備しておくことが必要だ。
調査で狙われるのは消費税だけではない。昨年1月から課税対象が大幅に増えた相続税も主要なターゲットとなるだろう。相続税の税務調査で恐ろしいのは、納税義務者の4〜5人に1人は調査を受けるという割合の高さもさることながら、一旦調査に入られると8割近くは何らかの申告漏れが発見されるという〝打率〞の高さだ。また1件あたりの是正額も約2500万円と他の税目に比べても高額化する傾向にある。
税務調査官には件数のノルマはあれども、税額のノルマはないと言われる。しかしノルマはなくても「成績には影響する」と税務調査に詳しいある税理士は話す。成績を上げたい調査官にとって、額が大きい相続税は格好の的というわけだ。そこで彼らが狙ってくるのは、追徴課税のなかでも最も重い「重加算税」だという。
国税通則法68条で規定される重加算税は、納税者が税額計算の基礎となる金額を隠ぺい、仮装した時に課される罰金だ。納税者に、故意に何かを隠したり偽装したりという事実があったかどうかが適用のポイントとなる。うっかりミスなどによる過少申告加算税の最高税率が15%、無申告加算税が20%なのに対し、重加算税がつくと追徴課税の税率は最高で40%にもなる。その分、調査官にとっては〝高得点〞というわけだ。この重加算税を狙うあまり、納税者に対して調査官が強引に重加算税の認定を行った結果、不服申立てをされて、国税不服審判所で処分取り消しという決定を受ける事例も過去には起きている。
そこで近年使われているのが、調査の際に「質問応答記録書」の形で書面を作り、納税者に「この内容に間違いありません」と一筆書かせることで、重加算税を既成事実化してしまう手法だ。過去には「申述書」や「聴取書」などの名で呼ばれてきたが、その正体はすべて実質的な納税者の〝自白調書〞に近い。本人が署名したのだから、内容に間違いはないという主張の根拠となるわけだ。
この〝一筆重加〞が近年よく使われていることに対しては、成績を上げるための強引な手法と税理士の間でも懸念する声が多い。納税者としては、実際に調査時にもし一筆を求められても、「法律的根拠がない」としてきっぱり拒否できることを必ず覚えておきたい。また同様に、調査官との会話の中では、重加算税認定につながるような「改ざん、偽造、除外、隠匿、虚偽」といった単語を不用意に使わないように重々注意すべきだろう。
一度重加算税を認定されても、不服を申し立て、「一筆を強要された」と主張してとことん戦う道もある。しかし一旦下された決定を覆すのは不可能ではないものの容易ではない。できることならば専門家のバックアップを得て、調査段階でより良い結果を引き出せるように努めたいところだ。
もちろん最良の方法は、文句のつけようのない申告書を作り、調査に入られないことであるのは言うまでもない。時間的にも費用的にもコストのかさむ税務調査を受けないよう、日頃からしっかり顧問税理士とコミュニケーションを取った上での申告を心掛けるようにしたい。
(2016/10/31更新)