富裕層が持つ海外資産への国税当局の取り組みが、いよいよ「情報収集」から「分析」を経て「調査」へと着実に移行しつつある。このほど国税庁が発表したデータからも、税務調査で富裕層の海外資産が効率的に〝狙い撃ち〟されている実情が明らかとなっている。コロナ禍により調査件数の数を稼げないなかで、当局のこうした動きは今後さらに強まるものとみられる。
国税庁と海外税務当局との情報交換ネットワークの強化が着々と進められている。国税庁がこのほど公表したデータによれば、海外の税務当局と金融口座情報を交換するCRS(共通報告基準)により、86カ国・地域から邦人の口座情報約219万件を入手しているという。
2018年に日本が参加したCRSは、国内の金融機関に開設された相手国居住者の口座情報を、年に一回、自動的に交換するという仕組みだ。例えば日本の銀行に口座を開設した非居住者の情報については国税庁が当該国へ提供し、逆に日本人が海外に開設した銀行口座の情報は、その国から国税庁に送られてくることになる。
今回発表された19事務年度のデータは制度2年目に当たり、日本の居住者が海外に持つ金融口座情報を86の国・地域から200万件超入手した。前年から相手国・地域が12増え、情報件数は約75万件から3倍近くに増加している。これは初年度となる前年が口座残高1億円以上の〝高額口座〟のみを対象としていたためで、2年目はそれ以下の残高の口座にまで入手対象を広げたことが理由だ。
今年1月時点で、CRSには106の国・地域が参加し、今後さらに55の国・地域が参加する予定となっている。交換先には英領バージン諸島、ケイマン諸島、シンガポールなど資産フライト先として有名な地域も多く含まれ、これらの地域にある海外資産は、口座残高の大小にかかわらず、すべて国税当局に筒抜けとなる。
一方、交換件数が伸びたCRSとは対照的に、件数を減らしているのが各国税務当局による自発的情報交換や、要請に基づく情報交換だ。両者とも日本の税務当局に寄せられる情報の数は右肩上がりで増えてきたが、19事務年度はそれぞれ5年ぶりに前年比マイナスとなった。
だがこれは、海外資産に対する監視の目が緩んだことを意味するものではない。むしろ、要請によらずともデータが入手できる仕組みが確立されたことの裏付けだろう。その証拠に、海外で利子、配当、不動産賃借料、知的財産などの使用料、給与、報酬、株式のキャピタルゲインなどの収入があった場合に法定調書が一括して提供される「法定調書情報の自動的情報交換」の件数は19事務年度も増加を示している。
前年比でプラスとなった法定調書情報とCRSに共通するのは、当局が何らかのアクションを起こさずとも自動的に情報が入ってくるという点だ。アクションを必要とする自発的情報交換や要請に基づく情報交換が減少していることと合わせて、最低限のコストで富裕層の海外資産の情報を大量入手するシステムがついに完成したといえそうだ。
こうした情報交換の仕組みについて、国税庁の可部哲生長官は「海外にある金融資産とそこから生じる所得の把握に大変効果的」と評価した上で、「別途徴収している国外送金等調書、国外財産調書などの調書と、すでに保有している資料情報と併せて分析を行い、課税上問題がある納税者を把握する」と意気込む。その長官の言葉どおり、当局の動きは数年にわたる情報収集を経て、いよいよ分析を済ませ、実際の税務調査への活用へと移りつつある。
国税庁が昨年まとめた19事務年度の相続税の税務調査実績によれば、海外資産への調査は1年間で1008件行われ、77億円の申告漏れが見つかった。内訳をみてみると、調査件数は前年から2割弱も減ったが、非違を指摘された件数は149件で過去最高を記録した。1件当たりの申告漏れ課税価額でみても4064万円から5193万円へと3割近くも増えている。
また同事務年度の所得税調査でも、海外投資などを行っている個人への実地調査は3942件で前年より減ったものの、申告漏れ所得金額は948億円で増加している。1件当たりの追徴税額は627万円で前年比67%増となっており、当局が海外資産に定めた照準が徐々に命中率を増していることが分かる。
さらに海外投資に関する1人当たりの追徴税額627万円は、所得税調査全体の1人当たりの追徴税額222万円に比べて2・8倍と〝取れ高〟もたっぷりで、人員削減やコロナ禍による活動制限のなか、国税当局が海外資産を狙い撃ちにする理由が容易にうかがい知れる。
そしてこうした当局の活動の中核を担っているのが、一定以上の資産を持つ富裕層に特化して海外資産の把握や税務調査を行う「富裕層プロジェクトチーム」だ。発足当初は富裕層が多く住む東京・大阪・名古屋の3国税局にしか設置されていなかったが、17年からは全国の国税局に設置され、富裕層の資産に関する情報分析、調査を担当している。
実際に19事務年度には、大阪国税局管内のプロジェクトチームが関西屈指の高級住宅街である兵庫・芦屋に狙いを定めて集中的に調査を実施し、計約45億円の申告漏れを指摘していたことが明らかとなった。CRSで得た情報や各種調書、申告などのデータを総合して分析し、海外に置かれた相続財産や海外銀行から得た配当などを突き止め、56人の富裕層に追徴税額を課したという。
プロジェクトチームが調査対象とする基準は非公開だが、保有する金融資産が1億円以上の納税者はターゲットにされるとも言われている。だが20事務年度からはCRSが残高1億円未満の口座も情報交換の対象としたことから、その調査対象がより広がる可能性は否定できない。
近年になって急激に進んだ情報交換制度の整備によって、いまや富裕層の海外資産の情報は当局に〝ガラス張り〟の状態となっていると言わざるを得ない。「黙っていればバレない」という考えは捨て、状況の変化に応じて賢く立ち回りたい。
(2021/03/29更新)