激変する経営者の社会保障

年金・医療制度の相次ぐ見直し

受給開始年齢68歳に!? 役員報酬の額に影響も


 「多くの現役層が少数の高齢者を支える」というこれまでの社会保障のあり方が崩れつつある。社会保障制度の再構築は国全体で取り組むべき課題とはいえ、その実情は公的年金の受給開始年齢のさらなる後ろ倒しの検討や、高所得であれば高齢者であっても現役並みの負担を求められる制度への見直しなど、これまで日本経済を支えてきた中小企業の経営者にとって〝恩を仇で返す〞仕打ちのようなものばかりだ。中小企業経営者を取り巻く社会保障制度はどのように変わりつつあるのか。


70歳以上が全人口の2割に

 総務省によると65歳を超える高齢者の人口は3557万人(9月15日時点)で、前年から44万人増加した。総人口に占める高齢者の割合は過去最高の28・1%で、特に70歳以上の占める割合が初めて2割を突破した。

 

 高齢者の人口は2000年の2204万人から18年間で6割も増加している。当然それに伴って社会保障費も増大し、18年度では約32兆円、実に予算全体の3割超を占めている。今後も少子高齢化が進むことを思えば、これまでのような「多くの現役世代が高齢者の保障を支える」というあり方を維持することが難しくなり、抜本的な制度の見直しを迫られているというのが社会保障制度の現状だ。

 

 1942年に、現在の公的年金制度の基となる労働者年金保険法が発足したときは、年金の受給開始年齢は55歳だった。それが幾度かの見直しを経て、国民年金、厚生年金ともに65歳で統一されたのが86年の年金制度の大改正だ。しかし、そこからさらに30年の時が経ち、現在では65歳で現役を退かず、再雇用制度などを利用して働き続ける人が増えている。

 

 こうした時代の変化を受けて、今年4月に開かれた財務省の財政制度等審議会では、受給開始年齢の68歳への引き上げが提言された。65歳以降も現役を続けるからといって国から受ける社会保障が不要というわけでは全くないのだが、国からすれば現役で働く人に年金を支給する余裕はないというのが本音らしい。

 

 安倍晋三首相は自民党総裁選討論会で、現在60歳〜70歳の間で任意に変動させられる年金の受給開始年齢を、70歳以降にまで広げる仕組みについて、「3年で(導入を)断行したい」と強い意気込みを見せた。生産年齢人口の減少を高齢者の現役続行で補いたいという国の狙いからしても、今後年金の受給開始年齢が強制的に後ろ倒しされる可能性は決して低くないと言えるだろう。

 

狙い撃ちにされる中小企業経営者

 公的年金の受給開始年齢の見直しはすべての高齢者に関わる話だが、近年の社会保障制度を巡る見直しは、特に高所得の高齢者を狙い撃ちにしている点に特徴がある。少子高齢化が進むなかで社会保障財源を維持するためには支出を減らさなければならず、保障を薄くするターゲットとして最初に浮上するのは比較的生活に余裕のある高所得者だからだ。そして「高所得の高齢者」とは、取りも直さず現役で働く中小企業の経営者にほかならない。

 

 例えば70歳以上の高齢者が負担する医療費について、高所得者の自己負担の上限を引き上げる新たな高額療養費制度が今年8月にスタートした。高額療養費の自己負担額は昨年8月にも引き上げられたばかりだ。

 

 また、介護保険サービス利用の自己負担額も引き上げられている。対象となるのは介護保険サービスを利用する496万人のうち3%に過ぎず、ひと握りの高所得者を狙い撃ちにした施策であることは疑いようがない。

 

 高所得高齢者を狙った負担増は税金面でも顕著で、2018年度税制改正では不動産収入など年金以外の所得が1000万円を超える人について公的年金等控除の控除額が縮減される見直しが盛り込まれた。また高所得者にも最低220万円認められていた給与所得控除が削られて195万円となり、すべての人が適用できる基礎控除に新しく所得制限が設けられた。

 

在職老齢年金の廃止も検討

 経営者の負担増は個人の社会保障だけにとどまらない。厚生労働省はこのほど、厚生年金に加入するパート労働者の適用要件を緩和し、中小企業への適用も視野に入れた検討を始めた。

 

 現行では従業員501人以上の企業に限って、週20時間以上、月収8万8000円以上などの条件を満たす場合のみ厚生年金への加入を義務付けているが、今後は月収要件を6万8000円以上まで引き下げ、さらに従業員数の条件を撤廃することも検討するという。

 

 20年度中の法案提出を目指していて、改正案が成立すれば、すべての中小企業で大幅な社会保険料の負担増となる。中小企業経営者は、個人と会社の両面で、相次ぐ負担増の〝荒波〞に揉まれ続けなくてはならないというわけだ。

 

 「在職老齢年金」制度も廃止を含めた抜本的な見直しの対象となっている。在職老齢年金とは、年金をもらう制度ではなく、減らされる制度のことだ。原則65歳から受け取れる老齢厚生年金について、現役で働いて一定以上の所得を得ている人は、年金が所得に応じて減額される。

 

 在職老齢年金の廃止で得をするのは、60〜64歳で月28万円、65歳以上で月46万円以上を稼いでいる人だ。定年もなく現役で活躍し続ける中小企業の経営者は、まさにこれに当てはまる対象だと言えよう。

 

 少子高齢化が進むにつれ、社会保障制度には大変動が起きている。こうした時代の変化に合わせた人生計画を作り上げることが、経営者には求められている。

(2018/10/29更新)