お墓の選び方や財産の承継など、いわゆる「終活」と呼ばれるものには多くの種類がある。なかでも重要なテーマの一つが、自分が最後まで安らいでいられる「終(つい)の棲家」の選択だ。多くの人は慣れ親しんだ〝畳の上〞―つまり自宅を終の棲家に望むが、築年数の経った戸建やマンションは老後の生活に不便が生じることも多い。そうしたなか、自宅を老後の生活のために整え、相続税対策としても効果を発揮する「終活リフォーム」が注目を集めつつある。
自らの人生の終わり方を考える「終活」が社会的なブームとなっている。高額納税者にとって永遠のテーマである相続税対策はもちろんだが、お金や財産だけではない「満足度の高い人生の閉じ方」も主眼となっているようだ。
そうした終活のなかでも重要な項目の一つが〝終の棲家〞の確保だ。日本人の平均寿命は昭和の時代から一貫して伸び続け、老後が「定年リタイア後の15〜20年間」だったのは過去の話となった。今では老後の人生が30年以上になることも珍しくない。それに伴い現役期間も長くはなっているものの、加齢に伴い身体能力が衰えゆくなかで、長い老後生活をどこで過ごすかは、誰もが考えなければならないテーマとなっている。
かつては〝終の棲家〞といえばマイホームが大多数だったが、近年では、老人ホームなどの高齢者施設に入居することを選ぶ人も増えている。専門スタッフによる介護などのサポートがしっかりしていて、暮らす上での不安を感じないことがその理由だろう。最近はカルチャースクールやレクリエーションといった「生きがい」の充実に力を入れているところも多く、さらには自治体も絡んでリタイア後の高齢者向けに街全体を整備するという大掛かりな構想も進みつつある。
だがこうした施設の欠点は、住み続ける限りお金がかかるということだ。長生きすればするほど資産が減り続けるわけで、世知辛い話だが、最終的に「自分の余命」と「財布の残金」を天秤にかけざるを得ない。
最近では、有料老人ホームに比べて入居しやすく費用も安い「サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)」も増えているが、今年5月には、1年半の間に全国のサ高住で3千件以上の事故が起きていたという事実が報道されるなど、サービスの質を不安視する声がある。
どちらにせよ、どれほどサポートの充実した施設であっても、詰まるところ「他人の家」であることは否めず、やはりできることなら自宅を終の棲家にしたいと考える人が多いのは自然なことだろう。内閣府が発表した16年度版の「高齢者白書」では、実に60歳以上の人の8割が「体が弱っても今の家に住み続けたい」と答えている。
しかし、高齢者施設が充実した介護や生活支援を売りにしていることからも分かるように、自宅は老後の生活に必ずしも最適だとは言えないことも多い。若い頃に買ったマイホームがバリアフリー仕様になっていることはまず考えられず、土地のない都心では3階建て住宅も多いため、年を取れば階段を上がるだけでもひと苦労だ。たとえ今は不自由なく暮らせていても、年を取って体のどこかが不自由になった時、今と同じように住める保証はどこにもない。
そうした問題を解決する方策として、訪問介護サービスなどを活用するのも1つの手だが、それ以前に、自宅がより住みやすくなるよう、段差をなくしたり水回りを一カ所に集約したりする「リフォーム」を施すことも考えられる。
老後を見据えた、言わば〝終活リフォーム〞のメリットは、慣れ親しんだ自宅に長く住み続けられるだけでなく、長期間にわたって高齢者施設に入ったり、住みやすいように自宅を一から建て替えたりするよりも、コストがかからずに済むのが特徴だ。もちろんコストはリフォームの規模にもよるものの、住んでいる家を取り壊して建て直すよりは、はるかに安く済むことは確実だろう。
比較的安価に老後の住環境を整えられるというリフォームのメリットは、マンション住まいの人にも活用できる。30代の頃にマンションを買ったという人は、老後を迎えるころにはマンションの建物の老朽化が問題となっていることが多い。定期的な大規模修繕が行われていればまだいいが、なかには住民全員の同意が得られず、修繕できずに朽ちるに任せているマンションも数多く存在している。ガスや電気などの設備も古くなり、将来的に子どもなどに相続させる価値も見出しづらいなか、交通の便が良い場所に中古住宅を買って、そこにリフォームを施すことで、新築を買うより費用を安く抑えながら終の棲家に移ることが可能だ。
リフォームにかかるコストは額面上の工事費よりも引き下げることができる。手すりの取り付けや段差の解消などで50万円以上かかるバリアフリー工事をするとリフォームにかかった費用のうち、最大20万円を所得から税額控除することができる。ただしその家を所有し、リフォームを行う人の所得が年間3千万円以下であることが条件だ。
同様に、5年以上のローンを組んで100万円以上かかるバリアフリー目的のリフォーム工事を行った時も、所得税から年12・5万円、5年間で最大62・5万円の税額控除を受けられる。こちらも3千万円の所得制限がある点には注意したい。
さらに税優遇は固定資産税にも用意されている。築10年を超える持ち家に50万円を超えるバリアフリー工事を行った時には、家屋にかかる固定資産税の3分の1が1年間免除されるというものだ。こちらはリフォームを行う人自身が住んでいる必要はなく、所得制限も設けられていないため、所得税の優遇よりさらに使いやすいと言えるだろう。
税優遇だけでなく、工事費用そのものを助成してくれる制度もある。例えば「要支援」または「要介護1〜5」と認定された人が住む住宅をバリアフリー化すると、最大18万円が国から助成される。さらにバリアフリーに向けた取り組みを支援する施策は自治体にもあり、例えば東京・足立区であれば改修工事費を最大30万円まで助成する。こうした助成制度がある自治体は多いため、自分の住んでいる都道府県や市区町村を調べてみるといいだろう。
リフォームのうち、建物の増築や骨組みからの改変といった大規模な工事については、自治体への建築確認申請が必要だ。前述した各種の税優遇を受けるためにも申請が必要なため、どのみち〝終活リフォーム〞の多くは、国税当局には把握されるものと考えていいだろう。確認申請の必要がない小規模なリフォームであれば、工事自体を隠し通して費用全額を相続財産から〝消す〞こともできなくはないが、原則的にリフォームによって建物の価値が向上すれば、相続税の計算の際に用いる「評価額」にも反映されることになる。
リフォームが施された建物の相続税評価額は、固定資産税の評価に基づくが、評価替えが間に合わなかった時などには国税庁は「リフォーム費用の7割分の価値が上昇したとみなす」という判定基準を用いている。つまり、現金のまま持っていれば10割評価されたものが、リフォーム費用として使うことで、住みよい住宅を手に入れられることに加えて、評価額を3割削ることができるわけだ。目を見張るほどの節税効果とまでは言えないかもしれないが、無駄遣いをするよりはよほど有効な相続税対策だと言えるだろう。
今の家に最後まで住み続けることを望むのであれば、体の衰えに応じた適切なリフォームは必須だろう。そこで注意したいのが、住みやすい家が実際に必要になってからリフォームを考えるようでは遅いかもしれないということだ。
現役をリタイアしていれば、当然収入は少なくなっている。そのなかで徐々に目減りしていく資産からリフォームを考えても予算は限られ、本来望んでいたような大規模な工事に踏み切れない恐れはあるだろう。また自身が新たな生活に慣れることにも時間がかかるし、もしバリアフリー化と同時に省エネ化なども図るのであれば、その恩恵はリフォーム後の人生が長いほど大きいことは言うまでもない。体が満足に動き、収入にも不安のない現役のうちに、20年後、あるいはさらにその後を考え、動き出すことが重要だろう。
もっとも数十年後の自分が住む家に何を求めているか、何が必要かは判断するのが難しい。必要でもない工事を次々と押し付けたり、欠陥工事を施したりする「悪質リフォーム業者」に引っ掛からないよう注意もしなければならない。望まぬリフォームをしてしまい、そこに死ぬまで住み続けるということにならないよう、老後の人生に何が必要かを家族とよく話し合い、専門家にも相談して、さまざまな選択肢を含めた上で、もっとも満足できる「終の棲家」を探したい。
(2017/08/01更新)