生命保険の死亡保険金を受け取ったときの相続税の非課税枠(法定相続人数×500万円)につき、生命保険協会はこのほどまとめた税制改正要望書で上限の引き上げを求めた。相続対策のサポート経験が多い税理士のなかにも同様の主張を展開する人がいる。相続税の〝大衆化〞で納税者の生活が脅かされている状況下で、国は生保の非課税枠拡大を検討する必要がありそうだ。
相続対策として生命保険を活用する理由のひとつに、死亡保険金としてまとまった額の現金を家族に受け渡すことができる点が挙げられる。
相続財産を金額ベースでみると、土地が41・5%、家屋が5・4%と、不動産が大半を占める。このデータから、相続税対策を講じるうえで不動産対策は欠かせないことが分かるとともに、換金性が低い財産が多いために納税資金や生活資金が不足するおそれがあることも見て取れる。こうしたリスクの軽減を目的に、死亡保険金として現金を渡すのは有効な一手になるわけだ。
また、保険金は受取人固有の財産であるため、いわば遺言のように、契約時に指定した相手に確実に財産を渡すことができる。さらに生保は、代償分割の原資としても力を発揮する。代償分割は、一人の相続人が不動産や自社株を受け継いだうえで、ほかの相続人には取得分に見合う現金(代償金)で支払う方法のこと。生保で現金を確保して代償分割することで、後継者が必要な財産を受け継ぐことが可能となる。
相続支援の専門資格を運営する相続診断協会の代表理事・小川実税理士は、法定相続人ではない人に財産を譲り渡すために生保を活用するケースがあることも付け加える。例えば親が要介護状態になり、その面倒を長男の配偶者がみているときに、受取人をその配偶者にするケースだ。小川氏は、「生保を活用すれば、介護の苦労が報われるようになります」と有用性を語る。
そして、受け取った死亡保険金の一部が非課税になることも大きなメリットだ。相続税の基礎控除額とは別に、相続人が受け取る死亡保険金は「法定相続人の数×500万円」を差し引ける。相続人が妻1人、子2人であれば、1500万円が相続財産から差し引けることとなっている。ここでいう法定相続人には、相続放棄をした人も放棄がなかったものとして人数に入れる。また、養子がいる場合、法定相続人の数に含めるのは、実子がいるときは1人、いないときは2人までとされている。
この控除額につき、生命保険協会は現行法では不十分と考え、政府に拡充を要望している。協会がこのほどまとめた「平成29年度税制改正に関する要望」では、「死亡保険金は『加入』という被相続人の明確な意思に基づき支払われた保険料によって準備され、遺族の生活資金と目的付けされている」と、他の相続財産とはその位置付けが大きく異なると指摘。
「平成23年に発生した東日本大震災においては、被災された方の遺族の生活保障や生活再建のために死亡保険金が活用されており、その社会的重要性が広く認められている。また平成27年に相続税の基礎控除が引き下げられ、相続税の課税対象となる人が増えている」と、遺族の生活準備資金としての死亡保険金の重要性を強調している。
そのうえで、死亡保険金は「生活資金の柱となるが、生活を賄うことができず、相続財産を切り崩して生活資金を確保している」と述べ、現行の非課税限度枠に、「配偶者分500万円」と「未成年の被扶養法定相続人数×500万円」をプラスする要望を盛り込んだ。死亡した人の配偶者と、未成年の子が相続人である相続では、非課税枠が2倍に拡大することになる。
相続に関わる専門家のなかにも同じような主張をしている人がいる。前述の小川氏は、「被相続人としては家族の生活保障として支払ったものであって、すべての金額が非課税であってほしいと考えている。それを考えれば、控除枠はもっと拡大されるべき」と、協会の要望以上の非課税額の加算を提言している。
相続増税で国民の生活が脅かされないような策を講じる必要があるなかで、非課税枠拡大はひとつの選択肢になるはずだ。しかし国は、生命保険協会の拡充要望を長年〝スルー〞している状況だ。さらに、政府案として、「法定相続人の数×500万円」という非課税枠を「生計を一にする(共にする)家族の数×500万円」にするという見直し策が示されたことがある。この改正案だと、実家を出て独立した人は非課税枠の計算に含まれず、実質的に増税になる。生命保険金の非課税枠拡大への道のりは厳しそうだ。
生命保険は現状、相続増税への対策を講じる必要性が高まってきたことを背景に、活用者が増えている。生命保険協会の統計によると、平成26年度末の個人保険の契約件数は1億5173万件で、8年連続で増加している。24年度以降は過去最高を更新し続けている状況だ。財産を持っている人は生命保険の仕組みを理解したうえで、家族が将来お金で困ることのないように準備を進めたい。
東京・荒川区の大久保俊治税理士は、非課税枠拡大につき、残された家族の生活の質が高まることは歓迎しつつ、「相続人の生活を安定させるのが生保の大目的。節税だけに目が行くようになってしまうのは、生保の正しい姿とは言えないのではないだろうか」と疑問を呈している。
ただ、相続税の大衆化の影響で生活に苦しむ人が増えている状況下で、それに対する手当てを国が何ら講じないのは大きな問題だろう。
(2016/10/03更新)