2020年4月に施行される改正民法には、不動産を貸す人と借りる人に大きな影響を与える見直しが盛り込まれている。民法は1896年の制定時から大きな見直しがなく、連帯保証や敷金の返還のルールを社会の要請に沿った文言に変えてこなかったため、多くのトラブルを招いてきた。改正法により、貸し手と借り手の見解の相違で生じていたトラブルが減ると期待される一方、あいまいだった法解釈の線引きが明確になることで、これまでは適法とも解釈できた商慣習が違法行為とみなされるおそれもある。中小企業の経営者は貸し手として不動産経営に関わることが多く、また不動産を借りる立場にもなる。双方の立場で改正民法を理解して訴訟リスクの芽を摘んでおきたい。
民法改正の中で不動産を貸す人と借りる人の双方にとって最も大きい見直しは、連帯保証人制度が大きく変わることだろう。これまで連帯保証人は自分が最大でいくら支払うことになるのかを契約時に把握できず、莫大な債務を負う不安もあったが、今後は契約の際に連帯保証人の保証額の上限を定めることが必須となり、支払うべき額をあらかじめ把握できるようになる。もし契約書に上限額の記載がなければ契約そのものが無効になる。
保証額の設定について法的な決まりはないが、改正民法のセミナー講師を各地で務める野村彩弁護士によると「賃貸物件の入居者の家賃保証の上限は、家賃の10カ月分程度であれば認められるというのが一般的な見方。不動産会社によっては上限を1年6カ月分程度にすることもある」という。つまり、家賃15万円の物件なら150万円〜270万円の支払いが連帯保証人の標準的な負担の上限となる。
日本弁護士連合会の調査によると、自己破産した人のうち毎年2万5千人程度は連帯保証によって他人の債務を引き継いだことが原因だというが、改正民法施行後の連帯保証人は自分が負わなくてはならないリスクを契約時に明確に認識でき、また契約書に記載された金額以上の保証は法的に不要となるので、想定外に高額な負債は背負わなくて済む。
連帯保証人の立場からすれば不安が大きく減ることになるが、不動産の貸し手の立場でみると、連帯保証額が数字として明示されることで契約に慎重になるケースが増え、連帯保証人のなり手がいなくなるという問題が生じる。
誰も家賃を保証してくれないとなれば取りっぱぐれのリスクが高まることになるため、改正法の施行を控えたいま、連帯保証人ではなく家賃保証会社に保証を任せる大家が徐々に増えている。
公益財団法人日本賃貸住宅管理協会(日管協)が賃貸住宅を管理する法人に行った調査によると、連帯保証ではなく家賃保証会社の利用を入居条件にする管理法人の割合は、2014年には69・4%だったが、民法改正の時期が近づくごとに割合が高まり、3年後の17年には9ポイント増の78・7%にまで伸びた。
今後は保証会社の利用を入居条件にする契約がさらに増えていくことが予想され、借り手としては初回契約時と更新ごとに家賃の半月分から1カ月分程度の手数料を保証会社に支払わなければならない。
改正法には、借り手が退去する際に大家が返還する「敷金」の取り扱いの見直しも盛り込まれている。これまでは敷金そのものの定義や原状回復の範囲を明確に記した規定がなかったため、貸し手と借り手の解釈の違いなどから返還額についてトラブルになることも多く、見直しが求められていた。全国の消費生活センターと国民生活センターへの相談内容をまとめた「全国消費生活情報ネットワーク・システム」のデータによると、敷金や原状回復に関するトラブルの相談は毎年1万4千件前後寄せられているという。
改正民法では敷金の定義を「家賃などの債務の担保のために入居者が大家に支払う金銭」と定め、家賃保証のための金銭は、借り手の不注意などによる物件の破損や家賃の滞納がない限り、借り手に返さなければならないこととなった。また、敷金から差し引くことができない原状回復のための費用の定義が、自然摩耗や経年劣化から回復させるための費用と明文化された。
野村弁護士はこの改正点につき、「大家さんの中には敷金とは別に、家賃未払い時や物件破損時の備えとして『保証額』などの名目でお金を受け取り、退去時には返還していない人がいる。今後は名目が何であろうと家賃保証のためのお金は敷金とみなされ、基本的に借り手に返さなければならなくなる」として、契約の際に大家が受け取った金銭が敷金の定義に当てはまるかどうかの確認は必須と語る。
このほか、物件に必要な修繕を大家が行わなければ入居者が自己判断で修繕することが法的に認められるようになる。この改正が、入居者が高額な修繕を行うといった新たなトラブルの種になるおそれはある。
この見直しを含め、今回の民法改正の大部分は、これまで判例に基づいて行われてきたことを法律として明文化したものだ。法的な線引きが整備されるということはすなわち、これまでなら貸し手と借り手の見解の相違で生じていたトラブルを防ぐことにもつながる。借り手も貸し手も、改正法が施行される2020年4月までの2年間のうちにその内容を理解しておくことが求められている。
(2018/03/30更新)