改正年金法成立

自己責任で資産防衛の時代

年金受給額は不透明


 年金の支給額を抑制する新しいルールを盛り込んだ改正年金法が成立した。現役世代の平均賃金が下がれば高齢者が受け取る年金の額も減らす仕組みで、将来、受給者になる人の年金水準を維持することを狙いとしている。賃金や物価が下がるデフレ経済下では年金給付水準を抑制することになり、生活に必要な年金額を受け取れる保証はない。こうなれば生命保険や確定拠出年金などを駆使して、自己防衛を図るしか策はない。


 「限られた保険料のなかで、今の年金受給者の世代と将来の世代の分かち合いの仕組みをつくるものだ」

 

 塩崎恭久厚生労働相は改正年金法成立の意義をこう説明した。日本の年金制度は、高齢者が受け取る分を、その時代の現役で働く世代が賃金から支払う社会保険料や積立金などで賄う方式を採用している。今の年金水準は現役世代の収入の6割超になっており、現在の若い世代が受給資格を得たときに受け取る年金水準の低下が懸念されている。

 

 今回の改正年金法では、①賃金や物価の変動に合わせて年金の支給額を増やしたり減らしたりする「賃金・物価スライド」の見直し、②賃金や物価の上昇時に給付水準を抑制する「マクロ経済スライド」の見直し――のふたつについて新ルールを設けることになった。

賃金が下がると受給額も下がる

 賃金・物価スライドは、2021年4月から賃金の下落に合わせて支給額を減らす新しい仕組みに切り替える。現役世代の賃金下落によって社会保険料の負担能力が落ちれば、それに伴って高齢者も〝痛み〞を分かち合ってもらいたいというのが政府の考えだ。今の支給方式は、賃金が下がっても物価が上昇したときには年金額を据え置いているため、賃金が下がった分だけ現役世代の負担は重くなる。支給額は原則として前年の物価の動きに連動している。例えば、物価が0・8%上がり、賃金が0・2%下がった16年度のケースでは、これまでは支給額が据え置かれたが、新ルールでは賃金に合わせて0・2%減る。また12年度のケースでは、物価が0・3%、賃金が1・6%下がったが、支給額は賃金に合わせて1・6%減ることになる。

 

 ふたつ目の見直し点であるマクロ経済スライドは04年の年金改革で導入された方式で、物価や賃金が伸びている間は毎年約1%ずつ年金額を抑えるというものだ。だが、その後デフレ経済が続いたため、適用されたのは15年度の一度しかない。政府には、年金額が現役世代の給料に占める割合(所得代替率)を現在の60%から50%程度まで引き下げたい意向がある。今回の改正では、物価が下落している局面では年金支給額の抑制を凍結する代わりに、物価が上昇に転じたときには複数年まとめて抑制できるようにする。

 

 これらの改正を受けて、年金の給付水準はどうなるのか。厚労省は05年時点で新ルールを適用した時の試算を公表している。それによると、国民年金(基礎年金)を満額受給した人で16年度は月6万5千円から2千円下がり、43年度には5千円上がるとしている。だがその試算はあくまで物価や賃金が上がり続けることを想定しており、野党からは「バラ色の試算」と揶揄(やゆ)された。民進党は、国民年金は年間4万円、厚生年金は年間14万円減らされると試算している。

 

 政府は新ルールで年金が削減された場合でも老後の生活は「おおむね賄える」と説明しているが、賃金が下がった場合の試算を検証することなく、改正年金法が成立したというのは、国民の生活を軽視していると批判されても仕方あるまい。高齢者世帯の6割近くが年金収入のみで生活している状況は見逃せない。加えて医療・介護の保険料増や自己負担引き上げが押し寄せることも懸念しなければならない。すでに年金はかなりカットされている。現在、標準世帯(40年間勤務したサラリーマンの夫と専業主婦)の夫婦が受け取れる厚生年金は月額22万1504円。これは10年前に比べて1割近く少ない額だ。標準世帯の厚生年金は10年前に比べて年間20万円近く減っている。その一方で、社会保険料は増え続けている。00年度から14年度にかけて、65歳以上の介護保険料は1・7倍に上昇(年3万4932円↓5万9664円)し、国民健康保険の保険料も14%近く上がっている(7万6048円↓8万6576円)。

 

確定拠出年金と生保を活用

 もはや、年金受給額がどれだけになるか、まったく先を見通すことができず、老後の資金は自らで管理していくしかない。

 

 そこで有力な選択肢のひとつとして考えられるのが、「確定拠出年金(DC)」だ。1月から個人型の加入対象者が拡大された。国民年金や厚生年金などに代表される従来の「確定給付」と異なり、DCは毎月どれだけ支払うかが決まっている。毎月決まった額を拠出し、その積立金を基に本人が掛金を資産運用し、その損益が給付額に反映される。掛け金は企業が拠出するが、運用については加入者である従業員自身が指示を出して行う。たとえ運用に失敗したとしても、企業はその責任を負わない。DCへの加入が年々増加しており、その背景には国の年金制度への不安があるのは言うまでもない。現役世代からすれば、支払う保険料は増えるにもかかわらず、自分が将来払い込んだ分に見合うだけの年金を受け取れない可能性があるなら、せめて自分の老後資金は自分で稼ごうと考えても何ら不思議でない。加えて、DCは手厚い税優遇を受けられる点もメリットだ。だが、DCの本質はあくまで「投資」であり、年金を稼ぐどころか資産を目減りさせてしまう可能性があることも心にとどめておきたい。

 

 そして「もしも」に備える有効な防衛策の一つとして生命保険の活用も選択肢に入れたい。生命保険は、いざというときに現金を得られる保険機能に加え、貯蓄機能が備わっている点も大きなメリットだからだ。単なる掛け捨てでなく、貯蓄されていくタイプの保険商品は、途中で解約すると解約返戻金として支払保険料の一部が戻ってくる。

 

 また、死亡時の保険金以外にも、生命保険であれば早期の資金調達ができる点も大きな利点だ。解約せずに一定の金額については契約者貸付としてスピーディーに資金調達できる。保険でお金を借りることは、銀行などの融資と違い、審査がなく支払いが早い。しかもお金の使い道は自由だ。さらに生命保険が税金対策として活用できることは周知の事実だ。

政務活動費の不正問題で昨夏辞職した富山市議会の元議長(69)は、「老後の保障がなくなり、心配になった……」と反省の弁を述べた。議員先生だって老後に不安を抱える時代である。高齢者だけでなく、現役世代も満足のいく年金受給を期待できないと考えておいたほうが賢明だ。

(2017/01/29更新)