所得税は1300万円ポッキリ

各国の「富裕層」争奪戦が激化

法人も個人も誘致合戦


 世界的に所得格差拡大が進むなかで、資産が集中する富裕層の〝誘致合戦〞が繰り広げられている。イタリアの経済財務省高官のパガーニ氏が、このほどロンドンで受けたインタビューのなかで、昨年導入された富裕層向けの税制優遇策によって、「数億ユーロを超す資産を持つ人など150人程度の富裕層から優遇措置についての問い合わせを受けた」と明かしたと、ブルームバーグが報じた。

 

 イタリアは昨年、年間の所得がどれほど多くても所得税を最大10万ユーロ(約1300万円)とする措置を発表したばかりだ。問い合わせてきた富裕層の国籍は英国、スイス、ロシア、米国、ノルウェー、オランダなど幅広く、同氏は「この税制に飛びつく富裕層は今後飛躍的に増えていく見通しだ」と語ったという。

 

 イタリアは現在、国の抱える債務の対GDP(国内総生産)比率が130%超となり、ユーロ圏でもギリシャに次ぐ財政危機の状況にある。こうした苦境を打開するためにとられたのが、今回の政策だ。破格の低税率によって富裕層を誘致できれば、経済に及ぼす好影響によって将来的には税収そのものも増やせるとの思惑がある。

 

優遇措置が「カラ手形」になる可能性も

 海外資本の誘致を巡っては、トランプ米大統領が大幅な法人減税を断行するなど企業を対象としたイメージが強いが、法人にとどまらず富裕層個人にフォーカスした税優遇措置がとられている国も多い。例えば資産家が集まる国として知られるシンガポールでは、資産家を悩ませる代表的な税金である相続税や贈与税がなく、また所得税の最高税率も22%と、日本の半分以下だ。

 

 利益の国外移転などを規制するBEPSプロジェクトの具体化や、税務当局間の情報交換を通じた海外資産への監視が強まっていることもあり、各国の富裕層は、できるだけ税率の低い安全な国に資産を移したいという希望を持っている。各国による国外富裕層向けの優遇策は、こうした富裕層の願いに応えるものだと言える。特に日本では、所得税率の引き上げや各種控除の縮小など、富裕層への課税強化が相次いでいるだけに、今後は日本からの資産家の移住が増える可能性も十分に考えられるだろう。

 

 もっとも、甘い話にはリスクがあることも認識しなければならない。例えばイタリアでは、3月に実施された総選挙で各党が実現困難な公約を乱発したという事実がある。中道右派連合は最大800億ユーロ(約10兆円)規模の減税を打ち出しながら、同時に債務の大幅削減もうたっていて、IMF(国際通貨基金)の財務局長から「あまりに楽観的な経済シナリオに基づいた公約で、税収減と債務削減の整合性が取れていない」と苦言を呈されたほどだ。

 

 大盤振る舞いともいうべき富裕層向けの優遇措置が選挙後に早々と撤回される可能性も否定できない。過去には、類似の税優遇で富裕層を誘致したポルトガルやフランスが、その後財政健全化を理由に、富裕層への課税強化に転換したという例もある。国外への移住ともなれば人生を賭けた一大事だが、国の都合による税制の見直しによって、翻弄される恐れもあることを認識しておきたい。

 

海外移住めぐる税制は厳格化

 日本から海外への移住を巡るルールは、近年になって急速に厳しくなっている。昨年4月からは、富裕層の国境を越えた税逃れを防止する取り組みの一環として、国外に住む人への相続税の課税が強化されている。従来は、相続人と被相続人の両方が5年を超えて海外に住んでいると、海外資産に対しては日本国内での相続税は課されなかったが、5年超という要件が2倍の10年超に引き上げられた。これまでは親子ともに海外に移住して5年を超えれば相続税の対象外となったが、現在は、たとえ9年住んでいても日本の相続税が課される。

 

 さらに15年7月に導入された国外転出時課税では、有価証券など1億円以上の金融資産を持っている人が海外に住所を移して出国する際や、海外にいる親族などに財産を贈与・相続する際には、その段階で資産が売却されたとみなして含み益に譲渡所得税を課されるようになった。日本国内での税負担が重いからといって、資産を海外に自由に持ち出せるわけではないということだ。

 

 海外移住を検討する上では、これらのハードルをクリアしなければ税負担をまったく減らせなかったという結果に終わる可能性もある。さらに税務上の要件を満たせたとしても、住み慣れた日本を離れて生活が激変するという、移住最大のリスクは解消できない。もしも資産移転目的での海外移住を検討するなら、税負担だけでなく、家族も含めたライフプランまでをしっかり考慮したいところだ。

(2018/04/04更新)