戸籍とマイナンバーを紐づけ

法務省が戸籍法改正検討


 法務省が戸籍事務とマイナンバーを紐づけするために戸籍法の改正を検討している。法制審議会の戸籍法部会がこのたび中間試案を公表した。法務省ではパブリックコメントで寄せられた意見を参考にした上で、来年の通常国会での改正案提出を目指している。しかし、戸籍情報は〝出自〞が推測されることで差別の原因となっているだけに扱いはデリケートであり、また費用対効果の面からも紐づけへのハードルは高いと言えそうだ。


 現在、婚姻や死亡、出生などで戸籍証明書が必要なときは、本籍地の市区町村に申請する仕組みとなっているが、法務省では戸籍とマイナンバーを紐づけすることで本籍地に出向かなくても簡単に戸籍証明書を発行できるようにしようと検討している。だが、このマイナンバーの利用範囲の拡大は、想像以上に容易なことではない。

 

 戸籍は約1700の市区町村がそれぞれ独立したシステムで管理しており、自治体間ではほとんどネットワーク化されておらず、文字のデザインなどもまちまちだ。

 

 電子化された戸籍の副本を管理している法務省は、戸籍情報とマイナンバーを紐づけすることで、「戸籍情報連携システム」のネットワークを構築しようとしている。これによって、本籍地以外での戸籍の届け出や、児童扶養手当、パスポート、年金手続きなどが簡素化できることをメリットに挙げている。

 

 懸念される情報漏えいについては、自治体職員に対して情報の漏洩防止義務を課し、違反への罰則を設けることで対処する方針だ。森友学園問題をめぐり、財務省による公文書改ざんが明るみになったことからも、果たして自治体職員への罰則強化だけで対策が十分なのかどうかは疑問もある。国民にとってのメリットは手続きが簡素化されるだけにとどまっているのが現状で、情報漏れやプライバシー侵害の危険を冒してまで紐づけをする必要性があるのか、十分に議論すべきだろう。

 

実現には莫大なコスト

 昨年8月に提出された法制審議会の最終報告案の「戸籍事務をマイナンバーの利用範囲とすることの検討」のなかでは、マイナンバーと戸籍情報とを紐づけることそのものによるプライバシーに対する悪影響についてはほとんど触れられていない。

 

 戸籍情報システムには親子などの身分関係や出自、犯歴などのデータも含まれており、十分なプライバシー対策が求められて当然だ。差別目的で戸籍を利用するなどの悪用事例が多発していることは今さらながら言うに及ばない。

 

 日本弁護士連合会は戸籍情報とマイナンバー制度の紐づけについて、「個人番号と紐付けられる個人情報の範囲が拡大すれば拡大するほどプライバシーが侵害される危険性も大きくなる」として、行政の効率化はプライバシー保障の利益を上回るものではないとする反対の意見を表明している。

 

 また費用対効果の面からも課題は山積している。というより、現状では実現することが不可能ではないかという状況が揃っていると言っていいだろう。

 

 戸籍情報システムはベンダー8社が標準仕様書に基づき開発し、本籍地の市区町村が個別に運用している。先に述べたが、各自治体の持つ戸籍情報システムのデータ仕様はバラバラで、マイナンバーと紐づけるとなると作業負荷が高く、システムを構築すること自体に膨大な費用がかかると指摘されている。

 

 戸籍には誤字や俗字などを含め多種多様な字が使われているが、それらが使われた戸籍とマイナンバーとの連携が難題であることは政府が認めているところだ。それらの戸籍については中間報告では「正字により記載する旨の告知を改めて行うことにより、戸籍に正字で記載されることを促すものとする」「正字で戸籍に記載されることを希望しない者に係る戸籍については、以後も改製不適合戸籍として取り扱うこととする」との対応策のみで、解決策は見つかっていない。

 

 仮に誤字であろうと、それぞれの本人にとっては大事な名前であることに変わりない。「戸籍上の氏名に使用されている文字を全国統一するだけでも、相当な費用がかかり、戸籍上の氏名に利用している当事者全員の同意が取れる見込みも薄い」との声が上がっており、完全なシステム化自体も事実上不可能に近い状況だろう。

 

相続手続きに利用できず

 加えて電子化前の戸籍への対応策についても解決していない。昔の戸籍は画像データとして保存しているのみで、コンピュータ処理できない。1994年以降、各自治体が順次電子化してきたが、電子化前の除籍などは紙や画像データとして保存されているケースが多く、マイナンバーとの紐付けは手作業となり、膨大な作業量が予想される。

 

 最終報告案では、紐付けの対象は電子化された戸籍に限定しており、電子化以前の除籍などが必要となる相続などの手続きについては「当面の間、連携対象としない」としている。ということは、亡くなった人の全ての戸籍謄本が必要な相続では連携後もこれまでと同様、戸籍証明書の取得手続きが必要になる。

 

 全国の市区町村での戸籍謄本などの交付請求の利用目的をみると、相続関係手続きが33・9%と最も高い(グラフ)。このことからも相続手続きで利用できなくては、意味をなさないと言ってもいいのではないだろうか。

 

 しかもマイナンバー法が施行された2015年10月以前に死亡した人については、そもそも個人番号が付されていない。仮に戸籍をマイナンバーと紐づけしたにしても、利用目的が一番多い相続手続きの効率化は見込めず、何を目的とした紐づけなのかすら明確に定まっていないのが実情だ。

 

 日弁連は「今後個人番号と紐付けされた戸籍情報が蓄積されれば、将来的には相続手続きにも利用できるとの考えもあり得るが、その全面的な利用のためには100年程度の期間を要する。その間に戸籍制度自体や戸籍情報システムも変更されるであろうから、効果は期待できない」とし、膨大な費用をかけて戸籍にマイナンバーを紐づけする必要はないと断じている。

(2018/08/06更新)