高級車の社用車化にあたっては経費計上の是非を巡って争われた「フェラーリ審判」で納税者に軍配が上がって以降、経費化が認められるケースが増えてきた。だがいま、国税当局が一気に巻き返しを図るのではないかと指摘する声が聞かれる。「フェラーリもポルシェも社用なら経費化は当たり前」という常識が再び覆るかもしれない。
かつて、フェラーリやポルシェなどのスポーツタイプの高級車は「経営者の趣味嗜好の範囲」という理由から、取得費はもちろん通常のガソリン代についても経費計上が難しく、社用車であるにもかかわらず税務調査では経費化が認められないことが少なくなかった。
だが、2000年4月のいわゆる「フェラーリ審判」でこの流れが一転した。これは2700万円のフェラーリを社用車にした会社に対して税務署が損金処理を否認したことが国税不服審判所で争われたもの。審判所は走行距離メーターなどによって仕事のために使っていた事実を証明できたことから損金算入を認めた。
この裁決以降、「仕事に必要で実際に使用していることが証明できれば損金にできる」との基準が世間的にも定着し、当局も以前のように価格や車種だけを理由に経費処理を否認するのは難しくなったとされている。
もちろん、どんなクルマであっても「社用」とすれば無条件で認められるというわけではない。フェラーリの審判では、争われたフェラーリとは別に社長が個人で高級外車3台を所有していた。3台の私用車は会社の資産とはせず、私用と社用を厳格に分けていたと判断されたものだ。
とはいえ、この裁決が出てからは高級車やスポーツカーが社用車として認められやすくなったのは確かで、「2ドア車は認められない」といった〝常識〟は過去のものとなっている。
だが、いかに時代の常識が移り変わろうとも、当局が高級車の経理処理に厳しい目を向けていることに変わりはない。特に、コロナ禍にあって〝厳しい調査〟もままならない状況では、世間の風当たりの少ない富裕層への監視強化は必然であり、中でも高級車の取り扱いという〝かつての得意分野〟で巻き返しを図ることは十分に考えられる。
東京・渋谷区の国税OB税理士は、「数字がヤバイ(ノルマが達成できない)ときによく行ったのは水商売。叩けば何かしらは出てくるので。それから建設業の期ズレ狙い。細かい経費計上でミスは必ずある。そしていくらでも難癖をつけられるのが経営者のクルマ。社用車とはいえ私用で絶対に使わないなんてことはない。コロナで接客業がどん底にあるため、社用車が再び狙われる可能性は高い」と指摘する。
社用車の購入は多額の損金を計上できるので、年度末に駆け込みで購入することも多い。さらにガソリン代、保険料、車検代、メンテナンス代、高速道路利用料も損金になる。つまり、当局にしてみれば、これだけの項目を芋づる式に調べることができるわけだ。
日本自動車輸入組合によると、20年上半期の輸入車の新車販売のうち、1千万円以上の車種は前年比5・7%増と過去最高を記録した。ポルシェ3766台(前年比16・3%増)、フェラーリ548台(同30・2%増)、ランボルギーニ410台(同12・9%増)など軒並み過去最高を更新している。また国産車でもトヨタの高価格帯の「アルファード」の上半期の登録台数が前年同期比で32・3%の増加となるなど、国産車・外車を問わず売れている。
多額の損金算入ができ、さらに中古市場で値崩れしにくい高級車を社用車にするメリットは大きいが、当局に目を付けられやすいというリスクも理解しておくべきだ。自社ビルを売ったお金で社用車として2台の外車を買ったという東京・港区の出版社の社長は、「ただでさえ益金があるときに目立つことはしないでくれと税理士に怒られちゃったよ」と肩をすぼめた。顧問税理士は、外車の経費処理よりも、この時期に外車を購入して税務調査官に目を付けられることを心配していたという。
前出のOB税理士は、「外車ディーラーに反面調査で入って顧客リストを手にいれることができれば宝の山。今の時期に当局が最も恐れるのは世論のはず。世間に批判されずに数字を稼げる高級車は最高の標的だ」と語り、さらに「当然、中古市場にも目を向けるだろう」と予測する。
大きな損金を作るには高額な新車を買うに越したことはないが、中古車ならば減価償却期間が短い分だけ早い段階で損金算入して税金を減らせる。当局が見逃すことはない点だ。
税法上、どれほど経営者の趣味嗜好が反映されたクルマでも、社用車として使っていれば減価償却資産となるのは当然だ。だが、コロナ禍での高級車購入は目立つ行為でもある。当局が調査先の選定に悩むなかでのリスクも、頭の片隅には置いておきたい。
(2021/01/07更新)