2020年度税制改正大綱が決定された。大綱は税制改正法案の原案となり、20年の通常国会に提出される。安倍政権下で毎年のように拡充してきた大企業への減税策が総花的に盛り込まれている印象で、中小事業者は〝蚊帳の外〞に置かれた形になったようだ。
今回の税制改正大綱は、大企業がため込んだ「内部留保」を使ってベンチャー企業に投資する場合や、高速移動通信方式5Gの関連施設を前倒しで整備する携帯会社などへの法人税減税が大きな柱となっている。いずれも大企業をターゲットにしており、全体の約99%を占める中小事業者はつまはじきにあったかたちだ。
甘利明自民党税制調査会長は「長年抱えてきた課題に抜本的に対処しつつ、時代や世界の変化に対応できる結論を出した」と語ったが、今回の大綱で首相官邸と与党税調が最も実現したかったのは、5Gの整備を促す税制支援だった。構想当初は投資額の5%を想定していたが、首相の意向で15%を法人税から税額控除することで決着した。
国内企業の投資を後押しし、中国の華為技術(ファーウェイ)など先行する海外勢に対抗しやすくする狙いだ。安倍首相は記者会見で「安全保障をはじめ、社会のあらゆる分野で大きな影響力を与える」と述べた。価格競争力のある中国製の5G機器が2020年以降、国内市場を席巻しかねず、米中間の覇権争いが激しくなるなかで経済と安全分野で欠かせないと判断したようだ。とはいえ、苦境に立つほとんどの中小事業者にとっては無関係な税制である。
与党税調が5Gの次に大きな目玉としているのが、大企業がため込んだ「内部留保」を使わせる税制を創設したことだ。その主たるものがベンチャー企業に投資した企業の法人税を軽減する「オープンイノベーション税制」だ。内部留保を使ってベンチャー企業に投資することで、オープンイノベーションと呼ばれる会社の壁を越えた技術開発を促し、ベンチャー企業の成長を後押しすることが目的だという。
大企業が設立10年未満の非上場ベンチャー企業に対し1億円以上出資した場合、株式取得価格の25%相当を投資した企業の所得から控除する。2020年4月から22年3月末までの出資に適用する。海外のスタートアップに出資する場合は5億円以上の出資額を条件とする。出資を受けるベンチャー企業は、設立後10年以内で大企業のグループに属さない未上場が対象となる。出資する企業は少なくとも5年間は出資先の株を保有するという条件が付いている。経済産業省の認定を受けたベンチャーのみを対象とする方針なので、この新制度を活用する企業がどれほど出てくるかは未知数だ。
中小企業の場合は1千万円以上が出資の要件となっており、活用できなくもないのだが、ベンチャー企業に出資できる余裕のある中小企業はほとんどないのではないかという声も挙がっている。
この新税制の財源は、大企業の交際費を制限して税収確保することを見込んでいる。企業による接待交際は企業活動に不可欠との見方がある一方で、その効果が確認しづらいことから損金算入ルールは不要との声が上がり、代替財源としてターゲットに浮上した。
現行制度では、大企業は飲食費のうち50%、中小企業は800万円または飲食費のうち50%までを損金に算入できる。大綱の議論が始まった当初は資本金1億円超の大企業すべてを規制対象としていたが、資本金100億円超の大企業に限り交際費の損金算入枠を廃止することになった。
国税庁がまとめた最新の会社標本調査によると、資本金等1億円超の黒字大企業が1年間に使う交際費は1社当たり約3750万円。そのうち600万円ほどが損金に算入されている。超が付く大企業の肩を持つつもりはないが、交際費の一部廃止を代替財源にする意味はどこにあるのかを勘繰りたくなる。景気の状況によってはそのほかの大企業だけでなく、中小企業までターゲットにされる恐れも否定できず、予断を許さない。
現状、資本金500万〜1千万円の黒字企業の年間交際費は1社当たり約270万円で、800万円の上限の半分にも届いておらず、そもそも中小企業は接待交際にお金を回せるほどの余裕がないというのが実情だ。だがそれはお金を使う余裕がないだけのこと。交際費の損金算入が不要という考えにつなげるのは短絡的に過ぎるというものだ。
だが、交際費が企業活動に不要との見方が財務省内などで強まれば、将来的に損金算入廃止を視野に入れた議論にも発展しかねない。「効果が確認しづらい」との声を先に紹介したが、接待交際費への課税強化は、会社づきあいや情報収集を難しくするとの声のほか、接待需要を減らして景気に悪影響との意見がある点も無視できないはずだ。
そして内部留保の活用を促すとして、設備投資に消極的な企業に対し、税優遇の適用を厳しくする規定が盛り込まれた。設備投資額が減価償却費の1割以下だと対象外としていたのを3割以下に改める。現行では研究開発税制や地域未来投資促進税制などは設備投資額が減価償却費の1割以下だと税制優遇が受けられないが、対象外となる企業はごくわずかとされ、基準が甘いのではないかという議論があった。
また賃上げや設備投資に応じて法人税を減税する「賃上げ・投資促進税制」についても見直す。これまでは設備投資額が減価償却費の「90%以上」なら対象としていたが、これを「95%以上」に引き上げる。
このほか本社機能を地方に移した場合、法人税を優遇する制度の2年間延長など、大企業優遇策が盛り込まれている。
内閣府が発表した昨年10月の景気動向指数(速報値)では、景気の現状を示す一致指数が前月比5・6ポイント減の94・8で、実に6年8カ月ぶりの低水準だった。消費税率を8%に引き上げた時よりも大きな下げ幅だ。政府は内部留保を切り崩すことによって景気が上向くと強調する。だが、大手ならまだしも中小事業者には内部留保を投資につぎ込む余裕などあるはずがない。
大綱では企業経営者に対して「『攻めの経営』に向けた自己改革と挑戦を改めて強く求める」と明記している。資金の潤沢な大企業は税制の優遇を受けられるが、中小事業者は恩恵を受けられそうにない。中小にとっては、実効性に疑問符が付く税制改正大綱と言わざるを得ない。
今回の大綱では事業譲渡にかかる税負担を猶予する「M&A版・事業承継税制」が見送られた。
通常の事業譲渡と事業承継の区別がしにくく、優遇を適用するための要件について制度設計を詰められなかった。同制度では後継者のいない中小企業がM&A(企業売買)で事業を他業者に引き継いだ場合、自社株の譲渡や事業譲渡の際に買い手側に課される税負担を猶予する方針だったが、承継目的でない通常のM&Aとの区別が困難という問題点が指摘されていた。またファンドなど後継者のいない企業が買収後に転売した場合、事業存続を判断しづらいなどの課題をクリアできなかったことが見送りの要因となった。
近年の税制改正では、承継に当たっての自社株引き継ぎにかかる税負担を実質免除する事業承継税制の特例や、個人事業者の事業用資産の引き継ぎにかかる税を猶予する特例などを創設してきた。しかし後継者を見つけられない中小企業も多く、M&Aによる事業引き継ぎにも税制面での後押しが必要との声は多い。今回は見送られたものの、今後も検討は続けられることになりそうだ。
(2020/01/30更新)