国税当局の一斉人事異動から約3カ月が経ち、当局が本格的に税務調査に取り組む時期になった。相続税では、基礎控除額が引き下げられた平成27年分の相続が調査対象になる。マンパワー不足を嘆く国税当局が調査数を急増させることは考えにくいが、課税対象者は一気に増えており、調査先選定や調査自体の質を高めて「取れるところから取る」という姿勢を強めることは間違いない。本腰を入れた国税当局がどのような視点で調査を進めてくるかは未知数ではあるものの、調査の基本を知っておき今後の相続に備えたい。
国税庁が昨年11月にまとめた最新の調査実績報告書には、平成27事務年度(27年7月〜28年6月)の相続税調査は平成25年に発生した相続を中心に実施したと記されている。この年に限ったことではなく、過去の報告書を見ても、調査は発生から2年以上経過した相続を対象にしていることが分かる。つまり、相続税が増税となった平成27年に発生した相続は、29事務年度、つまり今年7月〜来年6月に本格的に調査されることになる。
相続税の基礎控除額が引き下げられた影響により、平成27年に相続税の課税対象になった相続は前年から1・8倍に増え、10万3043件となった。ここ数年の相続税調査数が1万2千件であることを考えると、今年度も同数であれば納税額がある相続8〜9件のうち1件は調査対象となることになる。財産が少ないからと言って安心はできない。
調査官は相続税の申告書を入念にチェックして調査先を選定する。経営者は高額所得者であることが多く、比較的調査官に狙われやすい。対象をある程度絞り込んだ段階で、被相続人と相続人の所得税の確定申告書、会社経営者なら法人税の確定申告書、財産債務の明細書、各種法定調書、金融機関の取引記録などの資料をチェックする。
署内でのチェックが終わり調査に入ることが決まれば、調査担当者が顧問税理士もしくは相続人に電話で連絡する。その際に調査官は、たいてい1週間後など間近に迫った日程を提示してくる。電話を受けた納税者側としては慣れないことで慌てて応じてしまいかねないが、税務署が提示する日時に無理やり合わせる必要はない。税理士やほかの相続人と話し合ったうえで日程を決めるようにしたい。
調査は午前10時に始まり、昼食を挟んで午後4〜5時に終了するのが一般的だ。調査官は相続人に挨拶をする前から家の造りや庭の状況に目を光らせる。調査対象者と顔を合わせた後も、玄関や廊下の調度品へのチェックを続ける。申告書に記されていない財産があるのではないかという疑いの目で見ているわけだ。壁に額を掛けていたような跡が残っていれば、隠し財産を疑われることになる。
調査官はその後、相続人にさまざまな質問を投げかける。調査に立ち会った経験がある税理士が口をそろえるのが「被相続人の生前の趣味については必ずと言っていいほど聞いてくる」ということだ。
これは決して世間話で場を和ませ話しやすい環境を作るということではない。調査官は趣味の話から申告漏れ財産を把握しようとしているのだ。趣味がゴルフならゴルフ会員権があるのではないかと考え、海外旅行なら海外口座がある可能性を疑う。骨董品集めやヨット所有などお金が掛かりそうな趣味については特に聞き耳を立てている。
調査で特に問題になる財産が現金・預貯金だ。国税庁の資料によると、相続財産として残されるのは現金・預貯金よりも不動産の方が多いが、申告漏れ財産として指摘されるのは現金・預貯金が不動産の2倍以上となる。
預貯金のなかでも、口座名義人と実際の所有者が異なる「名義預金」があるかどうかは調査官が最も目を光らせるポイントだ。被相続人の配偶者や子ども、孫などの名前で作られた口座でも、被相続人が生前に通帳を管理し、名義人のあずかり知らない状況で出入金をしていたのであれば、その預貯金は名義預金と認定され、相続時にほかの資産と合わせて相続税の課税対象になる。
調査官は名義預金を探し出すために、税務調査の際に、葬式の芳名帳、香典帳、年賀状、アドレス帳、日記帳などに金融機関の関係者の名前がないかどうか入念にチェックする。また、マグカップやキッチン用品、カレンダー、手ぬぐいなどに金融機関名があれば生前に取り引きがあった可能性が高いと考える。申告関係書類にその金融機関との取り引きに関する記載がなかったら、名義預金の可能性が疑われることを覚えておきたい。
平成27年度に実施された相続税調査1万1935件のうち、申告漏れなどの非違が見つかったのは9761件で全体の81・8%に上る。
調査官が来ると高確率でミスを指摘され、納税者はペナルティを受けることになる。名義預金があれば生前に家族と話し合って対策を練り、相続時には慎重に申告書を作成することが一番の防衛策と言えるだろう。
(2017/10/07更新)