税務調査にあたり、金融機関への取引先調査で本件とは別の口座を見て情報を得る「横目」と呼ばれる手法による証拠資料の有効性が争われた裁判で、裁判所は「(調査手法には)違法な疑いが残る」と指摘したものの、「量刑を左右する理由にはならない」と、収集した証拠は有効であるとして納税者に有罪の判決を言い渡した。本来違法であるはずの「横目」だが、「つい見えちゃったもの」に加え、「横目」の疑いがあっても調査資料としては問題なく通用するということだ。横目調査の実態を調べてみた。
「税務調査官の世界には『出れば勝ち』という言葉があります。どれだけ違法な調査で収集した情報であっても、脱税の証拠につながる資料が出れば、それまで『違法調査だ!』『人権侵害だ!』と騒いでいた人も、ほとんどがシュンと萎んでしまうという実態があるからです。アメリカ人や中国人のように権利意識の高い国民ならそうはいかないでしょうが、日本人相手には、横目だろうと何であろうと『出れば勝ち』なんです」
こう語るのは、都内の国税OB税理士の男性だ。自身も調査官時代には横目調査で〝お手柄〞をいくつも挙げたという。
普段は聞きなれない「横目調査」が争点になったのは、競馬の払戻金を申告せずに約6200万円を脱税したとして、寝屋川市(大阪)の男性職員が所得税法違反の罪に問われた事件だ。被告は脱税の起訴内容は認めていたものの、約3億円の払戻金が入金された口座を見つけた大阪国税局査察部(マルサ)の調査手法に問題があり、いわゆる「横目」によって収集された調査資料は無効であると主張した。
被告の弁護側は、納税者のプライバシーを侵害するものであり、「網羅的に口座情報を見る横目調査は無差別な監視につながる。令状主義に反する重大な違法行為」と訴えた。
本来、税務調査にあたっては当該対象者に対して必要である内容のみを調べることができる。法定資料以外は納税者の任意の協力によって確認できるもので、理由もなく調べることはできず、ましてや別件で調査中に他の人の情報を「ついでに集めてしまおう」などという行為は違法な調査とされている。
そのため裁判で国税側は、「資料はあくまでも偶然発見したもので違法ではない」と一貫して主張した。そのうえで、「具体的なことは守秘義務があるので証言を拒否する」と、情報の開示を拒んでいた。検察官自身も守秘義務を理由に当該資料を確認していないという状況であり、裁判所は守秘義務を解くよう大阪国税局長宛てに異例の要請をするが、国税側は「将来の調査に重大な支障を及ぼすおそれがある」と応じなかった。
結果、裁判所は今回の調査手法につき「違法な手法である疑いは残る」としながらも、「銀行が調査に協力している以上、違法性が重大とまでは認められない」と、国税側の資料の証拠能力を認定し、「量刑を左右する理由にならない」として、被告に懲役6カ月・執行猶予2年、罰金1200万円の有罪判決を言い渡した。
国税が頑なに否定した「横目」だが、実際には複数の国税OBが「日常的に行われていた」と語っている。
姉妹紙『納税通信』で「税務調査の実態と調査官の本音」を連載する国税OBの松嶋洋税理士は、「横目で集めた情報は違法行為である以上、建前は『偶然目に入ってしまった』というものですが、私自身、現職時代には実際に横目で何度も情報を得ていました。言うまでもなく、公務員ですから上司の指示によるものです。国税としては、脱税の摘発には不可欠であり必要悪という認識だったと思います」と、横目が業務命令で行われていた経験を語る。
また都内の別の国税OB税理士は、横目を資料化した経験を話す。「横目で収集した資料は『取扱注意』の赤紙が貼られます。これは目立つように赤色の印字で記載されたもので、原則として個別管理の対象です。銀行への反面調査でいかに価値のある資料を作れるかも、調査官の腕の見せ所でした」と振り返る。税務調査官にとって、金融機関への反面調査では「横目」が重要な日常業務であることを示すひとつの例と言えそうだ。
ただ、そうして集めた資料は、あくまでも違法なものであるため、以前は調査で相手に示すことはほとんどなく、調査するうえでの裏付けとして活用していたようだが、最近は「調査官ががまんできずに、『そこまでシラを切るなら、じゃあこれはなんだ!』と、調査で提示してしまうケースが増えているようです。まるで『遠山の金さん』の桜吹雪の大安売りです」(同)という変化もあるという。これが冒頭の「出れば勝ち」ということのようだ。
また、今回の裁判で注目しておきたいキーワードに「銀行が協力している」という点がある。銀行の協力とは何を指すのか明確ではないが、素直に読めば、「銀行が協力している調査は違法でない」とされる可能性もある。
本来、銀行への調査は、国税庁と銀行協会の取り決めによる「銀行調査票」と呼ばれる帳票にもとづくが、「銀行の協力」が単に調査に応じたことを指すとなると、たとえ不適切な調査が行われていたとしても、その違法性を問うことのハードルは一気に高まってしまう。
そもそも銀行としては、国税とトラブルになりたくはないので、国税に頼まれれば〝協力〞は惜しまない。ただ以前は、当局の要請を拒否する銀行もあったようで、当時の動きを知る立正大学の浦野広明客員教授によると「納税者団体の要求に基づいて預金者の情報を守る骨のある支店もありました。しかし当時の大蔵省銀行局が金融機関の本店に圧力をかけ、支店は本店からの指示に従わざるを得ず、当局の要請を断ることができる支店はなくなりました」と振り返る。
支店長に気骨があったのか、または納税者の権利意識が高かったためかは分からないが、国税のひとことで全て簡単に顧客情報が開示される現在とは、いくぶん状況が違ったようだ。
また、以前は支店ごとに管理していた伝票等も、近年はセンターで集中管理しているため、支店への調査が減っているという現実もある。国税としては中央突破によって、納税者情報を投網のように収集することも可能というわけだ。
銀行の協力があれば「違法でも問題なし」として「横目」を容認する流れは、国税のやりたい放題にも見える。
国税OBの岡田俊明税理士は「違法な調査は論外ですが、たまたま得られた情報の資料化についてどうするかは議論が必要でしょう。脱税につながるかもしれない情報を見過ごすわけにはいきません。意図的かつ違法な情報収集の常態化は法的にも公務員の倫理としてもアウトです。そうした考えを思想にまで高める努力が必要なのではないか」と、職員教育の必要性を提起する。
国会でも取り上げられている様々な問題を見るまでもなく、公務員の意識改革は求められるところだ。そうした意味でも、今回の裁判で、昔から使われてきた「横目」が改めて注目され、調査の手法の是非が世間的にも問われた意義は大きいだろう。
(2018/07/05更新)