「極ZERO(ゴクゼロ)」をめぐるサッポロビールと国税当局との争いの場が裁判所に移行しそうだ。両者の争いは約2年前から続いており、「すでに裁判で係争中だったんじゃないの?」と思った人もいるのではないだろうか。国税の処分に不服がある場合、納税者は最初から裁判で争うことはできず、サッポロ同様に「国税不服審判所」の裁決を待つことになる。審判所の審査とは一体どのような仕組みなのだろうか。
サッポロビールはこのほど、「極ZERO(ゴクゼロ)」の酒税をめぐる審査請求について、国税不服審判所に棄却されたことを明らかにした。サッポロは今後の対応について外部専門家の意見を聞いて決めるとしており、裁判に持ち込まれる可能性も出ている。
サッポロは平成26年6月、第3のビールとして販売していた「極ZERO」が、「第3のビールより酒税が高い発泡酒の可能性がある」と国税当局に指摘され、酒税の差額と延滞税の計116億円を自主的に納めた。その後の自社調査で第3のビールであるとの確証を得たサッポロが昨年1月に酒税返還を求めたところ、国税当局は酒税を返還しないと4月に通知した。
サッポロビールと国税当局との争いは2年も続いていたことになるが、今回の審判所の決定を経て、ようやく裁判所で争うことになりそうだ。ここまで長い期間が掛かっているのは、国税処分に関する裁判は審判所の審査を経た後でなければ提起できないことになっているためである。
税務署の更正、決定、差し押さえなどの処分に不服があり、その処分の取り消しや変更を求める納税者は、まずは税務署に対し、再調査を請求する。再調査は国税処分を決めた税務署が行うため、当局に重大なミスがない限り処分内容が覆ることはない。サッポロも昨年6月に再調査請求していたが、国税当局の判断が覆ることはなかった。
サッポロは再調査の結果も不服であるとして、昨秋、審判所に国税当局の判断の適否を判断するよう求めた。審判所の裁決の後でなければ裁判所で訴訟を起こせないためだ。
なお、サッポロの争いは1年以上前の処分に関するものであり、今年4月以降に受けた処分に不服がある納税者は、税務署に再調査請求をしなくても、審判所に直接審査請求できるように改正されている。再調査を受ける時間を無駄と感じる納税者は大きく時間短縮できることとなった。
審判所とは一体どのような組織なのか。
審判所は昭和45年に「国税庁の付属機関」としてスタートした。現在は国税当局から分離された別個の機関と位置付けられているが、審判所の職員は国税当局から異動してきた人が大部分を占めることから、その判断は税務署による処分とあまり変わらないようだ。
事実、平成27年に審判所が処理した不服申し立て2311件のうち、納税者の主張が一部だけ認められたのは147件、全部認められたのは37件だった。納税者の主張が一部でも認められた割合は全体の8%であり、〝完全勝利〞に至ってはわずか1・6%に過ぎない状況だ。
行政訴訟制度は「行政不服審査法(行審法)」や「行政事件訴訟法」に規定されているが、国税に関する訴訟については別途「国税通則法」に定められている。これは国税の処分は大量にあること、そして国税案件は専門性が高いとされているためだという。そのため審判所は、人材のほとんどを国税当局の職員の異動で確保しているという事情がある。
納税者から見れば公平さを感じにくい状況を踏まえ、国も審判所の機構の一部見直しを図っている。例えば任期付き職員を民間から採用。約50人の税理士や弁護士が審判官として手腕を振るっている。
納税者が審判所の判断で納得できないときは、裁判所で訴訟を提起することになる。
しかし、残念ながら納税者の勝訴は多くない。平成27年度中に訴訟が終結した262件のうち、納税者側の一部勝訴は3件、全部勝訴は19件だった。一部も含めた勝訴割合は8・4%。全部勝訴だった納税者は7・3%だった。
相続税関連の通達に関して税務当局と争い(平成24〜27年)、一審、二審と敗訴した都内のAさんは、「税務訴訟は公平でないと感じた」と漏らす。
「専門的な知識が必要ということで、裁判官の補助をする裁判所調査官に国税当局の税務官僚が任命されていました。とても公正公平な判断ができるように思えませんでした」
審判所の裁決書には、担当審判官名ではなく審判所長名が記されている一方、裁判所の判決書には、担当裁判官名が記載されている。これは、審判官は独立性のない行政官であり、責任を持つのは審判所(審判所長)であるのに対し、裁判官は自分が責任を持つ、独立した立場であることを示す。しかし、Aさんのように、訴訟を提起した一部の納税者はその独立性を疑問視しているようだ。
税務訴訟での納税者の勝訴率は低いが、審判所では覆らなかった国税処分が、裁判所では覆っていることに注目したい。税務訴訟に詳しい内田久美子弁護士(和田倉門法律事務所)は、「例えば国税当局内の通達が経済実態からかけ離れているとき、行政に近しい審判所ではその通達に基づいた税務署の処分が不適切とは判断しにくい。行政から離れた司法(裁判所)だからこそ判断できる案件がある」と、審判所の判断とは逆の判決が出る実態について語る。特に国税当局と法的解釈について争うときは、裁判所との訴訟を前提していることが多いという。
審判所は組織の立ち位置を「第三者的機関」と表現している。国税当局から切り離されたまったくの第三者とはいえない組織であり、納税者が不公正さを感じることもある。
しかし、元国税審判官の永田理絵税理士は、姉妹紙『納税通信』で連載中の「大解剖 国税不服審判所」で、審判所が行政の枠組みに入っているからこそ、納税者は「自らの主張を無料で法律的に解釈・整理してもらい(中略)調査審理するという行政サービスを享受できている面がある」といった見方をしている。永田氏の指摘通り、税務訴訟との違いはそこにもある。
国税当局の判断を覆すのは容易ではないが、処分に不服があるときは、顧問税理士に相談し、最善の結果を出せるように臨みたい。
(2016/11/30更新)