医療の現場から不満噴出

国の「コロナ慰労金」


 新型コロナウイルスと最前線で向き合う医療従事者への国の支援策に、当事者から失望と怒りの声が上がっている。新型コロナに対応した医療機関の従事者に5万円〜20万円を給付する慰労金を創設したが、その支給条件や対象期間の設定があまりにずさんで、支援を求める人の手に満足に行き渡っていないためだ。コロナ患者の治療に全力を尽くし、自身も感染リスクと直面する医療従事者への支援策の〝お粗末〞な実態をレポートする。


自粛要請に従ったら不給付

 「そもそも慰労金の存在自体、職場から通達があるまで知らなかったが、その内容を知ってがっかりした。これだけ日々ストレスに晒されながら新型コロナウイルスと向き合っているのに、私は救われないんだなあと思いました」

 

 都内のある大病院で事務職として勤務する女性はこう語り、ため息を漏らした。

 

 彼女の言う慰労金とは、国が行う「新型コロナウイルス感染症対応従事者慰労金交付事業」と呼ばれるものだ。新型コロナに最前線で対応する医療従事者を対象とし、要件により5万円〜20万円を給付する。事業者ではない給与所得者が受け取れる新型コロナ関連の支援策としては、国民全員が10万円を受け取れる特別定額給付金と同等かそれ以上の規模の給付金事業となっている。給付対象が医療従事者のみに限られていることから、金額の割には一般報道されることが少ないが、医療従事者にとって最大の支援策となるべき存在だ。

 

 しかしこの慰労金に対して、当事者らから失望の声が上がっている。その理由はずさん過ぎる慰労金の給付要件で、例えば最も改善を求める声が多いのが、事業の期間設定についてだ。

 

 同慰労金は6月12日に成立した新型コロナ対策の第2次補正予算で講じられた措置だが、その給付対象を、「各都道府県における新型コロナウイルス感染者1例目の発生日または受入日から6月30日までの間に、対象となる医療機関に10日以上勤務した者」としている。

 

 しかし言うまでもなく、コロナ禍は現在も収束していない。4月中旬に最初のピークを迎えた新規感染者数は、その後沈静化の動きを見せたものの、6月末から一気にぶり返し、7月以降は連日過去最多を記録した。7月の新規感染者は約1万7600人で、国の緊急事態宣言が出されていた4月より4割も多い。自治体によっては7月以降に初のクラスターが発生したところもあり、とてもではないが慰労金の指定する期限である6月30日が〝終戦日〞にはなり得ない。

 

 冒頭の女性も、まさに7月1日から勤務したため、慰労金の対象にならない一人だ。彼女は、本来は4月から勤務するはずだったところを、感染拡大を受けて7月まで待機していたという。

 

 「出産のために産休を取り、4月から子どもを保育園に預けて職場復帰の予定だった。ところが新型コロナの流行があって、保育園から『今は子どもを預かれない』と言われ、しかたなく育児休暇を延長した。なのに7月にようやく職場に復帰したら、『6月中に復帰していたら慰労金を受け取れたのに』と言われた。休みたくて休んでいたわけじゃないのに…」

 

 女性はあと10日早く職場復帰していれば、20万円を受け取れたという。自治体の指定する受入機関である彼女の職場には、7月以降も新型コロナ患者が次々と搬送されているが、女性に対する支援は何もない。同様の声は数多く聞かれ、「なるべく預けるな、職場に出るなと国がいうから待ったのに、目の前でシャッターを閉められた」(大阪府の女性看護師)などと当事者らの怒りはやまない。

 

「リスクを正当に評価して」

 慰労金の給付期限について、例えば東京都のFAQでは「対象期間の始期は、東京都における新型コロナウイルス感染症患者1例目発生日の1月24日です」と始期については明確に説明する一方、「終期は、事業として6月30日となっております」とまったく説明になっていない。それでも東京都は説明するだけ誠実かもしれない。厚生労働省のFAQでは対象期間の根拠に関する質問すらなく、説明を拒んでいると言われてもしかたのない状況だ。

 

 こうした状況を改善しようとする動きがないわけではなく、例えば鹿児島県の塩田康一知事は、8月に開かれた全国知事会のテレビ会議で、慰労金の給付期間延長を国への提言に盛り込むよう呼び掛けた。塩田知事は「鹿児島県では7月以降にクラスターが発生するなど感染が拡大している」として、最前線で今も活動する医療従事者への支援の充実を訴えた。

 

 また立憲民主党の尾辻かな子議員はツイッターで、「7月以降に陽性者、濃厚接触者が出ても20万円にならず不公平感が出ている」として、対象期間を広げるよう厚労省に要望したことを明かしている。しかしこれに対する国の動きははほとんど見られない。あたかも、新型コロナについて必要な支援策は一通り講じ終わったとでも言わんばかりだ。

 

 さらに給付金を受け取れる人からも、不満の声は出ている。長崎県の病院で働く看護師の女性は、自身が受け取る5万円について「給付金額の判定方法が非合理的」と指摘する。

 

 同給付金では給付金額が20万円、10万円、5万円に分かれている。その区別は、新型コロナ患者の受入先など都道府県から指定された病院かそうでないかで分かれ、そうでない病院、診療所、訪問看護ステーション、助産所などで働く従事者は一律5万円となる。受け入れ先など役割の指定を受けていても、実際に新型コロナ患者に診療を行っていれば20万円だが、そうでなければ10万円だ。

 

 前述の看護師女性は、「実際に新型コロナに感染した患者がいなくても、その『疑い』のある患者はバンバン来る。現場はそのたびにベッド数を調整し、専用の隔離スペースを確保して万が一の事態に備えている。結果的に陽性だったかどうかは関係なく、私たちは毎日コロナ患者と向き合っている」と吐露する。実際に女性の勤務する病院では、大部屋に受け入れた入院患者について数日後に「濃厚接触者だった」との情報がもたらされ、病院全体の一斉消毒やゾーニングなどを急きょ行うこともあったという。

 

 今回の慰労金では、看護師や医師にとどまらず、医療事務、院内清掃、給食配膳などの従事者も感染者との接触を伴うとして給付金の対象となる一方で、薬局勤務の薬剤師が「必ずしも感染すると重症化のリスクが高い患者と触れ合う状況にない」(加藤勝信厚労相)という理由で給付対象から除外されている。これについて薬剤師の業界団体からは「薬局薬剤師も感染のリスクがある」として状況の改善を求める声が上がっているが、国からの反応はなしのつぶてだ。

 

 前述の看護師の女性は、「病院や薬局に勤める人は、病院の規模や業務にかかわらず感染リスクはみな一緒。あっちのほうが多くもらってズルいとかそういう話ではなく、最前線で新型コロナウイルスに対応している私たちのリスクを正当に評価してほしい」と訴える。

 

楽観的過ぎた収束見込み

 新型コロナウイルス対策はスピードが重視された面がある。しかし、それにしても「6月末までに収束しているだろう」という見込みは楽観的に過ぎる。急いだ結果、制度設計がおろそかになってしまったというのなら、事業開始後でも実情に合わせて改善されるべきだ。

 

 実際に雇用調整助成金や持続化給付金といった他の支援策については、たびたび延長や条件緩和が行われている。そのなかで、7月に制度の詳細が公表されて以降、見直しがなされていない医療従事者への慰労金は、国が医療の現場で働く人たちを軽視していると取られても否定できない。

 

 国の動きのなさに業を煮やした自治体では、すでに医療従事者を対象とした独自の慰労金を給付する方向で動き始めているところもある。例えば千葉県船橋市では、今年2月〜9月にコロナ患者を受け入れた病院に10日以上勤務した人を対象に、1人当たり10万円を給付する独自の給付金制度を整備する方針だ。地方自治体の支援が手厚くなることは歓迎すべきだが、それは国が現状を放置していいという話ではない。

 

 医療従事者らが直面する、感染以外のリスクについても触れておきたい。

 

 日本医療労働組合連合会は9月1日、新型コロナウイルスに関する医療従事者の実態調査の結果を公表した。それによれば、「病院職員への差別的対応やハラスメントがある」と答えた割合が、4月調査時から倍増して20・8%になったという。なかには保育園で子どもが別の場所に置かれていたり、登園自粛を求められたりというケースもあった。

 

 このような状況に置かれながらも日々新型コロナウイルスと戦い続けている医療従事者の働きに、国や社会はどれだけ報いることができているのだろうか。少なくとも慰労金の不備を長期間放置したままでいることが政治の正しい姿だとは、とても思えない。

(2020/10/07更新)