事業承継税制が大幅拡充

後継者難の特効薬になるか!?

自社株100%を納税猶予


 2018年度税制改正大綱では、中小企業の自社株引き継ぎにかかる税負担を軽減する「事業承継税制」が大幅に見直された。従来の内容では経営者の世代交代を促すには不十分との認識から、これまでは自社株の一部にしか認めてこなかった納税猶予を10割にまで一気に引き上げ、後継者を一人に限定する要件を撤廃して複数人承継の適用を認めた。政府は同税制を突破口として、高齢化が進む企業経営者の世代交代を一気に図りたい構えだが、事業承継を阻むものは税負担だけではない。中小企業の承継をめぐる状況と、今回の改正が与える影響を見てみる。


 中小企業が事業承継を行う際に最優先で考えなければいけないのは、自社株の引き継ぎだ。保有する自社株の割合は、経営を行う上での発言権に直結する。後継者に確固たる発言権を持てるだけの自社株を引き継げなければ、経営は迷走し、会社の存続すらも危うくなるだろう。だが自社株の引き継ぎには、困難が付きまとう。安定して事業を続けてきた企業ほど、自社株の評価額は自然と高くなり、それだけ引き継ぎの際に後継者にのしかかる相続税や贈与税が負担となるからだ。

 

 こうした税負担が中小企業に事業承継をためらわせ、円滑な世代交代を妨げているとして、政府が2009年に導入したのが「事業承継税制」だった。一定の要件を満たした企業に対しては自社株引き継ぎにかかる税負担を一部猶予するというもので、要件を満たしている限りは猶予され続けるため、実質的には免除とも言えるかもしれない。税制を適用して軽い税負担で株を引き継ぎ、その直後に会社を畳むという〝悪用〞を防ぐため、数年間の従業員雇用の維持や、事業の継続といった厳しい要件が設けられた。

 

 しかし、その要件が厳しすぎた。中小企業支援のエキスパートである税理士からも「実用性はほとんどない」とまで言われ、年間の利用は170件程度にとどまったことから、政府は慌てて同税制に手を加えた。幾度かの見直しによって、従業員の雇用維持要件は「5年間8割維持」から「5年平均で8割維持」へ、後継者要件は「親族のみ」から「親族外後継者可」に、さらに二代目から三代目への再承継の際にも猶予を継続し、猶予取消時にも税負担が軽くて済む可能性がある相続時精算課税制度を使えるようにするなど、たびたびの拡充を行ってきたという経緯がある。

 

 課税庁内から「事業承継税制を優遇しすぎて課税公平性が失われる」と危ぶむ声を受けながらも、じりじりと小幅な拡充を続けてきた同税制だが、それでも中小企業にとっては承継に踏み切らせるきっかけとはならなかったようだ。一向に世代交代が進まない中小企業の状況に危機感を覚えた政府は、いよいよ18年度税制改正大綱に、これまでにない大幅な同税制の見直しを盛り込むに至った。

 

複数人承継も適用可に

 18年度大綱に盛り込まれた事業承継税制見直しには、2つのポイントがある。1つ目は、猶予割合の大幅な引き上げだ。これまでの事業承継税制は、先代から後継者に自社株を相続・贈与で引き継ぐ際に、譲り渡した自社株と後継者がもともと持っていた自社株の合計のうち発行済議決権株式の3分の2までの部分を、相続税なら評価額の8割、贈与税なら全額を納税猶予するというものだった。仮に評価額6千万円の株式を持ち株ゼロの後継者に渡したとすれば、贈与であれば4千万円、相続であれば4千万円×8割=3200万円が猶予を受けられる限界ということになる。

 

 これを18年度大綱では、猶予対象となる自社株の割合を3分の2から10割に引き上げた。また相続税なら評価額の8割が上限であったところを、これも10割に拡大した。前述した例で言えば、贈与でも相続でも6千万円全額について猶予されることになる。

 

 2つ目のポイントは複数人承継だ。これまで後継者は1人のみを選ぶこととなっていたが、最大3人までの複数後継者への自社株引き継ぎにも利用できるようにする。兄弟に自社株を分けて経営を委ねたり、息子だけでは不安と考え信頼の厚い役員に自社株を振り分けたりというケースは多く、こうした承継にも税制が使えないのは中小企業の実態に反するという声が以前から出ていたことに応えたものだ。

 

 その他にも、従来は先代1人から引き継ぐ自社株に限定していたところを、それ以外の人間からの贈与・相続についても税制を適用できるようになったことや、承継後に会社を売却したり解散したりする際にも、承継時の株価との差額などに応じて税負担を軽減する特例などが盛り込まれている。

 

 一方、猶予割合と並んで見直しを求める声が多かった「承継後5年間平均で従業員8割維持」という継続要件については、小粒な見直しにとどまっている。これまでは要件を満たせなくなった時点で即座に猶予が取り消され、利子税も含めた贈与税・相続税の負担が発生していたが、今後は税理士など認定経営革新等支援機関の助言や指導を受けた理由説明書を都道府県に提出することで、猶予が継続される可能性が出てきた。認められる理由としては、経営悪化や自然災害の被災などが想定されているようだ。雇用維持要件そのものを撤廃すべきとの意見や、猶予ではなく免除とすべきとの声もあったが、18 年度大綱には盛り込まれなかった。

 

 また、10割の猶予を受けるためには、認定支援機関の指導を受けた上で、後継者や承継までの見通しを記載した「特例承継計画」を都道府県に提出しなければならなくなったことも留意すべき見直しの一つだろう。

 

 政府は今後10年を中小企業の世代交代に注力する〝キャンペーン期間〞と位置付けているようで、事業承継税制の見直しについても、18年から27年末までの時限措置としている。3月末に予定通り税制改正法が成立すれば、今年1月1日以降に贈与や相続によって取得する自社株から適用されることになる。

 

ハードルは税負担だけじゃない

 前述したように、政府が大盤振る舞いとも言えるような優遇を用意した背景には、中小企業の世代交代が遅々として進んでいないという現状がある。

 

 東京商工リサーチの調べでは、16年に休廃業・解散した企業は2万9583件で、00年以降最多となった。逆に倒産件数は前年よりも減っていることから、多くの中小企業が後継者難などの事情により自発的な廃業や解散を選ばざるを得なくなっている状況がみて取れる。

 

 しかしそうしたなかでも、世代交代は進んでいない。70代になっても事業承継に向けた何らかの準備を行っている経営者は半数程度にとどまるというから事態は深刻で、日本商工会議所(三村明夫会頭)が昨年9月に発表した税制改正への意見書では事業承継関連の要望が全ページの3分の1を占め、「団塊世代の経営者が大量引退期を迎えるなかで、廃業によって『価値ある事業』が失われれば、有形・無形の技術やノウハウの途絶、産業集積の衰退などを招く」と危機感を訴えている。中小企業の世代交代が日本全体の喫緊の課題となるなかで、事業承継税制が大幅に拡充されるのは、いわば自然な流れだったのかもしれない。

 

 政府は、18年度改正での同税制の大幅な拡充が、後継者難に苦しむ企業にとっての特効薬となることを期待する。しかし承継のめどが立たない多くの中小企業が求めているのは、本当に税負担の軽減だけなのだろうか。

 

 姉妹紙『納税通信』で「顧問税理士は見た!」を連載する城所弘明税理士(東京・港区)は、事業承継税制を活用すべき会社の条件として、①自社株式の株価が高い会社、②親から子へ、子から孫へと、代々事業を継続することを目指している会社、③事業承継へのやる気と熱意を持つ後継者がいる会社、④従業員が比較的定着している会社――を挙げている。

 

 ここから読み取れることは、同税制の恩恵を受けられるのは、業績が安定して、すでに後継者がいる会社か、あるいは後継者がすぐに見つかるような会社であることが分かる。それらの企業にとって、今回の税制改正のメリットは非常に大きいものだろう。また税制を使いたいが後継者を一人に絞れなかったという企業にとっても、今回の見直しは〝福音〞となる。

 

 だが、そうした企業はもともと同税制を利用しやすい傾向にあり、言い換えれば、税負担以外の事業承継のハードルを既にクリアしている企業であるとも言える。実際には、後継者難の理由は決して税負担だけではない。

 

 アベノミクスの恩恵が中小企業にまで波及しないなかでの経営難、経営者個人の保証債務の重さ、さらには高齢化による介護負担の増加など、後継者候補が承継を渋る理由は様々だ。税負担も含めた多様な要素が絡み合った結果として、16年に休廃業・解散を選んだ約3万の事業者のうち経営者の年齢が60代以上という事業所が8割を占める現状がある。そういった企業にとって今回の事業承継税制の改正は特効薬とはなり得ないだろう。

 

 もちろん、そうした事情を政府も認識していないわけではない。経産省が昨年7月にまとめた「事業承継5カ年計画」では、後継者育成を差し置いて、中小企業が利用できるM&A市場の育成や地域の事業統合支援などが柱となっている。国の中小企業支援施策が後継者育成から事業売却へと重心を移しつつあるのは、政府がこれまで一般的だった親から子への事業承継を〝断念〞しつつある姿勢の表れと言えるのかもしれない。

(2018/03/09更新)