中小企業にメリットはあるか?

予備自衛官の採用で税優遇

一人あたり40万円控除


 防衛省は、有事や災害時に招集される予備自衛官を雇用した企業に税優遇する制度の新設を求める方向で調整に入った。通常の仕事との両立が困難なことから定員割れの状況が続いている現状を打開すべく、2017年度の税制改正要望には法人税減税を盛り込むという。南海トラフ地震などの大規模災害の発生が危ぶまれるなか、同省は十分な人員の確保を急ぐが、企業の理解を得られるだけのメリットは用意できるのか。納税者サイドとしては冷静に分析したい。


 予備自衛官とは、普段は民間企業などで働きながら、有事や災害など「いざ」というときには予備要員として自衛隊の活動に参加する非常勤の自衛官を指す。自衛隊法に定められ、25万人いる自衛隊員のおよそ5分の1を占める。大きくは3種類からなり、現職の自衛隊員と共に任務に就く即応予備自衛官(即自)、即自に続く予備自衛官、そして一般の国民有志による予備自衛官補だ。前2者は自衛隊OBが大半を占め、予備自衛官補は訓練を積むことで即自までステップアップが可能となる。

 

 制度の発足は1954(昭和29)年と古いが、最も人数の多い即自は95年の防衛大綱に盛り込まれて制度化された。陸上自衛隊員の削減にともない、その穴埋め的な意味も含まれている。

 

 自衛隊OBを中心に一定の確保が見込まれていた予備自衛官だが、近年は不況の影響もあり定員を大きく割り込んでいる。防衛省によると、4万8千人を必要な人員とする予備自衛官の14年度の充足率は66%にとどまり、即自に至っては同年度の定員8175人に対し4875人と5割台にまで落ち込んでいる。

 

 こうした状況を打開するため、防衛省は予備自衛官を採用した企業に税制上の優遇を受けられる新たな措置を設ける方針を固め、来年度の税制改正要望に盛り込むこととなった。現段階での要望案では、予備自衛官を年間2人以上雇用した企業に対して、隊員一人あたり40万円を法人税から控除するという。控除の上限は法人税額の10%(中小企業は20%)だ。

受け入れ企業には月額4万2500円を給付

 予備自衛官については、これまでも雇用企業には給付金として月額4万2500円が支払われてきているほか、予備自衛官である社員を訓練に参加させた企業には制度への協力事業者であることを示す表示証を交付するなど、予備自衛官の雇用へのメリットを用意してきた。

 

 さらに昨年7月からは、予備自衛官を雇用している企業は自衛隊関連の公共事業で入札時に厚遇するといった評価制度も始まっている。6億円未満の工事で、駐屯地などの現場経験者を配置すれば2点、現場と隣接県内での勤務経験者なら0・5点といった具合で加算される仕組みだ。

 

 こうした取り組みにもかかわらず、応募者が伸び悩んでいるのは、やはり不況と無関係ではない。予備自衛官は区分に応じて年間5日〜30日間の訓練に参加しなければならないが、一般のサラリーマンにとって1年のうち1カ月を訓練に費やすというのは容易なことではない。勤務先の経営状況が厳しければなおさらで、有給休暇の自由利用による申請を基本的に断れないものの、企業側としても、フリーハンドで奨励することは難しい。

 

 防衛省では訓練はなるべく土日をはさむなどの工夫をして参加を呼び掛け、企業への理解を求めるが、企業側としては臨時隊員である従業員が穴をあければ、その分だけ別の者を雇用しなくてはならず、現在の雇用企業給付金では割に合わないのが現状だ。

法人税減税は結局のところ黒字企業の優遇

 世界に目を向ければ、自衛隊は軍隊ではないため単純比較はできないが、一般的に現役兵の半数から同数を予備役が占めることが多い。徴兵制を敷いている国では予備役が現役の数倍に及ぶという国もあり、防衛省サイドから見れば予備自衛官が極めて手薄であると映るようだ。

 

 だが一方で、自衛隊OBが大半を占めるとはいえ、現役ではない予備集団にどれだけ国防が期待できるのかは未知数だ。東日本大震災や熊本地震の際には、即自が一定の役割を遂げたという報道もあったが、果たして年間80億円の予算に見合ったものかどうかは、今後も検証が必要だろう。そもそも、専守防衛が国是である日本で、写真のような迷彩服に身を包んで自動小銃を使った訓練をする目的が分かりにくいと感じる人もいるかもしれない。

 

 では、今回の税制改正案が成立した際に、企業にとってどの程度のメリットが見込めるのか。防衛省の要望は法人税の減税策であり、黒字企業への優遇策だ。つまり制度を活用して恩恵を受けるのは、これまでの支給金受給やあらゆる政策減税と同様、資金面に余裕のある大企業ということになるだろう。

 

 そうなれば、有事や災害への対応といった建前は否定しにくいが、結局のところは黒字大企業への減税策ありきの政策にすぎないことになる。そして大企業へサービスした分は、これまでと同様に赤字中小企業と国民が穴埋めをすることになりかねない。

 

 政府は保育所の企業内設置などによる優遇策も打ち出しているが、本当に必要ならば、政策減税ではなく、一定規模以上の企業には義務化すればよい話だ。義務化できないのは、政治献金という鼻薬が効いているのか、もしくは本当に必要な施策ではないからではないのか。果たして予備自衛官の増員はどちらにあたるのか。

 

 「胡麻の油と百姓は絞れば絞るほど出る」と言ったのは江戸中期の官僚だが、それでも「百姓は生かさず殺さず」と、非道ながらも共存の考えを持っていた。だがいまは「死んでも納めろ」という政策が続いているなか、あらゆる〝減税策〞に対して厳しい目を持っていなければならない。大企業優遇のために中小企業に負担がかかる制度なら、簡単に話に乗るわけにはいかない。

(2016/10/07更新)