賃貸不動産オーナーのあいだで定番となっていた節税手法、いわゆる「金取引スキーム」が規制される。金地金の売買など消費税のかかる取引を繰り返すことで、不動産の取得価格にかかる多額の消費税の還付を受ける手法だが、10月以降は使えなくなった。またひとつ、節税策にフタがされることとなった。
不動産の運用で利益を出すためには、物件の利回りなども重要だが、それと同じくらい、購入時の負担を減らして手元のキャッシュを多く残すことが肝心だ。どんなに好条件の物件でも、購入したことで手元資金が厳しくなってしまっては、その後の賃貸経営にも支障をきたすこととなる。
そこで多くの不動産オーナーが活用してきたのが、消費税の「仕入税額控除」の制度だ。消費税の仕組みを簡単に説明すると、仕入れの際に支払った消費税額と売上の際に受け取った消費税額を通算し、受取額のほうが多ければ差額を納税し、支払額のほうが多ければ差額の還付を受けられる、ということになる。仕入れの際に支払った消費税分を受け取った分の税額から差し引けることから、「仕入税額控除」と呼ばれる。
賃貸不動産を一棟買いすれば、どんなに安くても数千万円はする。立地などによっては数億円を超えることも珍しくはない。当然、そこにかかる消費税額も高額になる。これを取り戻せればキャッシュフローが非常に楽になるというわけだ。
もっとも消費税の仕入税額控除には様々なルールがあり、そのひとつとして、消費税のかからない売上が多いと仕入れにかかった消費税額を還付対象にできないというものがある。そして店舗用テナントなどを除き賃貸不動産から得られる売上である「家賃」には消費税がかからない。工夫を凝らさなければ、マンションの購入費用にかかる消費税を仕入税額控除することは不可能ということになる。ポイントとなるのは、「売上全体のうち消費税のかかる売上の割合が100%に近ければ、仕入れにかかった消費税は全額控除できる」という規定だ。
かつてはこの点をクリアするため、「自販機スキーム」なる手法が流行した。マンションを買った1年目には家賃を受け取らず非課税売上を作らない一方で、自販機を設置して150円でも売上を立てれば課税売上割合が100%になるというもので、150円の売上で数千万円の還付を受けられるとして話題になった手法だ。
当時から縛りとして、「不動産を取得した1年目と、後の2~3年目の課税売上割合が著しく異なる時には、還付された分の税額を納める〝調整〟を行う」というルールは存在したのだが、3年目に消費税の免税事業者に変わると調整ルールを免れるという抜け道があったため、実効性はないに等しかった。国はこれを防ぐため、2010年度税制改正で「高額不動産を買ったら3年間は免税事業者に変更できない」とするルールを導入し、自販機スキーム封じに走った。
しかし新たなルールには、課税事業者になってから2年間待ってマンションを購入すると翌年には免税事業者になれるという、大変お粗末な抜け穴があった。当然、この「自販機封じ対策」も流行したが、結局16年度改正で「タイミングにかかわらず高額不動産を買うと〝調整〟の対象になる」というルールで規制されるに至った。
そして、近年流行していたのが「金取引スキーム」だ。数々の見直しを経て、現在のルールでは、「不動産の取得後、2、3年目に課税売上割合が著しく下がっていると、1年目に受けた還付の金額を後から納税しなければならない」という部分が還付を受けるためのハードルとなっていた。
金取引スキームでは、金の売却が消費税のかかる課税売上であることに着目し、短期間に金の売買をひたすら繰り返す。売買のたびに手数料がかかり、短期間とはいえ金価格の変動による損が生じることもあるが、それは必要なコストとして受け入れ、家賃収入を含めても仕入税額控除が認められるだけの割合に達するまで売上を立てる。そうやって2年目以降も課税売上割合を高く保ち、〝調整〟が行われる3年目をやり過ごすという手法だ。
国税当局の目には「けしからん税逃れ」と映っていたが、法的には何ら問題がないため、これまでは正面切って否認されることはなかった。しかしついに、2020年度税制改正でメスが入った。
新たなルールでは、居住用賃貸物件については購入費用を仕入税額控除対象としないよう改められている。課税売上割合などにかかわらず、そもそも消費税の計算の対象に含まれないということだ。もっとも購入後に居住以外の用途で貸し付けたり売却をしたりすれば、さかのぼって仕入税額控除できるという例外はあるが、少なくとも、これまでのようには使えなくなったことは確かだ。この改正は今年10月1日以降に行われる不動産の仕入れに適用される。
これまでの歴史を振り返れば、かつては「自販機スキーム」、さらにその応用である「自販機封じ対策」などが編み出され、規制されていった。そして今回「金取引スキーム」もまた禁止されたわけだが、これで当局と資産家たちとの知恵比べが完全終結するなどとは、誰も思わないだろう。
(2020/11/05更新)