なんだか世間を騒がせているけど……

「パナマ文書」、なにが問題なの?

秘匿資産は国家予算の数十倍!


 パナマの法律事務所から流出した内部資料には、多くの著名人や企業がタックスヘイブン(租税回避地)を利用して税逃れをしていた事実が示されていた。国によって異なる税制を利用して税負担を抑える「租税回避行為」は以前から各国の税務当局のあいだで問題視されていたが、今回の流出によって改めてその規模の大きさが明らかとなった。通称「パナマ文書」に記された企業や個人に対する調査が各国でさっそく開始され、「税逃れ」に対する世界的包囲網が狭まりつつある。


大統領、首相、国家主席、国王・・・・・・

  「パナマ文書」には、パナマ国内の法律事務所「モサック・フォンセカ」が1970年代から関与してきた1150万件の金融取引が、個人名や企業名を交えて詳細に記録されている。それらの取引はすべて、法人税率が低く金融口座の匿名性が高い「タックスヘイブン」と呼ばれる地域を通じて行われたものだ。

 

 文書は匿名の情報提供者から南ドイツ新聞が昨年受け取り、国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)と共有して分析に当たり、今年の4月初旬に世界に向けて公表された。この時点で公開されたのは膨大な量のデータのうちのほんの一部だったが、ICIJはリストに含まれる企業名や個人名を5月にすべて公表している。

 

 世界を驚かせたのはデータの膨大さもさることながら、そこに含まれていた数々の著名人の名前だ。ロシアのプーチン大統領、英国のキャメロン首相、中国の習近平国家主席、ウクライナのポロシェンコ大統領、サウジアラビアのサルマン国王、シリアのアサド大統領、パキスタンのシャリフ首相など、多くの国家首脳の親族や関係者が、世界中のタックスヘイブンにペーパーカンパニーを設立し、そこに資産を移動させていたことが文書では明らかとなっている。また政治家以外にも、俳優のジャッキー・チェン氏、国際サッカー連盟のインファンティノ会長、バルセロナFCのリオネル・メッシ選手など、多くの著名人がリストに名を連ねた。

 

 問題となっている「租税回避行為」とは、税制の違いを利用して税負担を抑えるテクニックのことだ。最もシンプルな方法としては、法人税率の高い国で上げた利益を、法人税率の低い国に設立した子会社に特許使用料を支払うなどの名目で移し、そこの低い税率で税金を納めるというものだ。タックスヘイブンとして知られる英領ケイマン諸島には、5階建てのビルに約2万の実体の無い書類上だけの企業が登記されているという。

 

 多くの企業が実際に使う手法は複雑で、数カ国を経由してさまざまな税制を組み合わせ、税負担を限りなくゼロに抑えている。こうした行為はあくまで税制の違いを利用しているだけであり、「脱税」に当たる違法行為ではない。しかし担税力のある企業が多額の利益を出しながら税金をほとんど納めていないという状況が異常であることは明らかだ。

 

ロシア、中国、そして日本は消極的な対応

 タックスヘイブンとされる国や地域では、それぞれの「秘密保護条項」などによって、そこに秘匿された資産の内情を明らかにしない。そのため課税を免れた世界中の資金がどれだけ積み上がっているかは、いまだにブラックボックスの中だ。故・志賀櫻氏は著書『タックス・オブザーバー当局は税法を理解しているのか』(エヌピー新書)のなかで、「世界中のタックスヘイブンに秘匿された資産の総額は数千兆円にも上る」と推測している。日本の年間国家予算の一般会計が100兆円弱であることを考えれば、その闇の大きさがうかがい知れる。

 

 企業や超富裕層による租税回避行為は、各国の税務当局にとって近年の最重要テーマだ。グーグル、アマゾン、スターバックスといった世界を股にかける超巨大企業が収益に見合った税金をどこの国にも納めていないことが2000年代に入って明らかとなり、G20(20カ国財務相・中央銀行総裁会議)やOECD(経済協力開発機構)の主導のもと、各国は租税回避行為の防止と取り締まり体制の整備を進めてきた。「BEPSプロジェクト」と呼ばれる行動計画に従い、日本でも毎年の税制改正で取り組みを進めており、16年度改正で多国籍企業に対してグループ企業の財務状況の報告を義務付けたことはその取り組みの一環だ。

 

 世界的に租税回避行為の防止に向けた潮流があるなか、パナマ文書に対する各国の動きは早かった。米国のオバマ大統領は「国際的な大問題だ」として、税逃れ防止への対策強化を改めて打ち出した。イギリスやフランス、スイス、スウェーデンなど欧州各国の税務当局は即日リストの内容について調査を開始することを決定し、フランスではすでにリストに記載された大手銀行に立入捜査をするなど、早急に対応を進めている。納税者の反応も大きく、アイスランドのグンロイグソン首相は当初関与を否定したものの猛批判を浴びて退任し、イギリスでは「違法性はない」と主張したキャメロン首相に対して大々的な抗議デモが行われている。

 

 そんな中、「大統領に対する信用失墜を狙った虚偽文書だ」と主張するロシア、同文書を報道するニュース番組を中断した中国と並び、消極的な対応を見せているのが日本だ。菅義偉官房長官は会見で「企業への影響もあるのでコメントは差し控えたい」と述べ、文書の調査には着手しない考えを明らかにした。常日頃ハッキリとした物言いで知られる麻生太郎財務相も「事実なら課税の公平性を損なう」と述べるにとどまり、「文書の内容が本当かどうかも分からない」と及び腰のコメントに終始した。

 

 ICIJに参加する朝日新聞によれば、5月に公開されたリストには約400の日本企業や日本人が含まれているとされる。閣僚たちがその「該当者」に配慮しているのかは分からないが、腰の引けた日本政府をよそに、世界的には租税回避行為の取り締まりに向けた動きが着々と進んでいるようだ。

 

取り締まりは世界的な潮流

 これまで国際的な租税回避防止を主導してきたOECDは緊急対策会議を開き、文書の真相究明に当たる考えを打ち出している。またG20会議でも、タックスヘイブンを使った税逃れが主要議題とされた。これらの動きに日本も無関係ではなく、それぞれの会議には日本からも政府や税務当局の担当者が出席する。

 

 またOECDでは、「BEPSプロジェクト」に従って、加盟国の税務当局によるパナマ文書のデータ共有と分析を行う方針を打ち出しており、当然日本の国税庁も参加することになる。過去に租税回避に関する内部文書が流出した際には、ドイツの国税当局からの情報提供によって国税庁が税務調査に乗り出したこともある。加えて15年度の税制改正では、各国の税務当局の連携をより密にするネットワークを構築し、資産の国外持ち出しに関する情報を提供し合うルールを策定したところでもある。政府の消極的姿勢を尻目に、現場の国税庁や国税局が粛々とリストの内容を分析し、税務調査を実施する可能性に期待したい。

 

 租税回避行為の防止と取り締まりは、もはや世界的な潮流だ。今後国境を越えた「租税回避包囲網」がさらに狭まっていくことは確実だと言える。そのなかで日本だけが知らぬ顔はできない。ましてや安倍政権は「企業の競争力向上を」というお題目のもと法人実効税率を引き下げ、一部の大企業しか利用しない研究開発税制を拡充するなど、大企業の税負担を抑える施策を数多く打ち出してきた。

 

 一方で法人減税の代替財源として外形標準課税の対象拡大や、中小企業の定義を見直して課税強化を図ることを検討している。さらに「財源が足りない」という理由で消費増税が実施されれば、増税の負担はすべて中小企業の両肩にのしかかることになる。

 

 ごく一部の大企業や超富裕層の税逃れには目をつぶっておきながら、その一方で中小企業への税負担を増やすことでバランスを取るというのなら、それは安倍政権が大多数の国民を馬鹿にしていることに他ならない。

 

 文書の全貌が明らかになりつつあるなか、パナマ文書に対する政府の姿勢を、われわれは厳しい目で監視しなければならない。

(2016/05/30更新)