ターゲットはズバリ富裕層

東京局「任意調査」再開


 コロナ禍は全国の国税当局の現場にも甚大な影響を及ぼした。感染拡大の兆しが見え始めた今年2月半ば以降、新規の税務調査は事実上ストップ。一大イベントである定期人事異動が7月10日に行われて以降も、悪質性が極めて高い脱税事案に対する査察部の強制調査は散発的に行われているものの、この状況に変化はなかった。

 

 だが8月上旬以降、第二波の感染確認者数が明らかに減少傾向を示しているうえ、秋以降の政府の新型コロナ対策が公表されたこともあり、東京国税局では10月から任意の税務調査を再開した。他の国税局も東京局の動向を参考にしながら、調査を再開している。

 

 ただ、不正発見業種の常連とされるバー・クラブなどの水商売やパチンコ店は、新型コロナ感染拡大防止に向けた自粛営業で厳しい経営状況に追い込まれており、こうした業者への調査で多用される「無予告調査」も、今年度は例年以上に厳しく制限される見通し。その代わりとして、巨額の資金を海外に隠匿している富裕層に調査の重点が置かれる可能性が高いとみられる。

 

災害発生時と同様の対応

 2月以降の新型コロナウイルス感染拡大による事実上の経済活動の停止で、収入を絶たれる人が続出。これを受けて国税庁は、大規模災害の発生時と同様の対応を行うよう全国の国税局に指示した。

 

 具体的には、4月16日まで一律に延長した所得税の確定申告期限を、その後も期限を区切らず柔軟に受け付けるとしたほか、印紙税など一部の税目を除く国税と地方税の納税を1年間猶予する特例が、大幅な収入減に苦しむ事業者に適用された。また、納税者の自宅や関係先を訪れた職員が、納税者に感染させる恐れを否定できないため、税務調査や徴収業務も納税者の明確な同意が得られなければ実施できなくなった。

 

 ある国税局幹部は「感染拡大で経済的に困窮する納税者が数多く存在している以上、申告や納税はしばらく待って差し上げますということ。納税者も税務調査を受けられる状態ではなく、『なんでこんな時期に調査に来るんだ』と反感を持たれるのも本意ではない」と解説する。このため調査の現場は事務年度末の6月末まで事実上の活動停止状態となった。

 

 2011年度税制改正で国税通則法が見直された結果、税務調査の手続きなどが従来に比べて煩雑となり、調査期間も自ずと長期化している。

 

 それ以前は、国税当局は年度内に着手した税務調査を遅くとも6月末までに終了させ、新年度の定例人事異動を経て、7月下旬には重点調査業種などを選定し、お盆明けの8月後半から調査を本格化させるのが通常のパターンだった。

 

 それが、国税通則法の見直しによって、ここ数年は定例人事異動前の6月から調査先の選定が行われ、実際の調査担当者が決まる前に実施日を調整。人事異動後、即座に調査に着手するパターンが一般的になっている。

 

感染拡大の第二波で身動きがとれず

 ところが今年は年度替わりした7月初旬から調査に着手することができなかった。いったんは収束したかに思われた新型コロナウイルスの感染確認者が再び増加。これを受けて人事異動後の国税当局も、2月からの措置(大規模災害の発生時と同様の対応)を継続せざるを得なかったのだ。調査の現場では東京、大阪、名古屋、関東信越局の査察部による強制調査が散発的に行われているものの、悪質かつ高額の所得隠しを任意調査で解明する課税部資料調査課(料調)や、資本金1億円以上の大企業を調査する調査部、さらには税務署の調査部門は身動きが取れない状態が続いている。

 

 その分、調査対象の選定や、選定した調査対象の資料を分析して問題点を洗い出す「机上調査」には例年以上に力が注がれている。前出の国税局幹部が解説する。

 

 「調査したところで追徴課税につながらなければ、例年以上に納税者の感情を逆撫でしかねない。それにこの時期は通常、3月決算法人を対象に選定するが、今年は申告期限の延長が認められている。これでは年間の調査目標件数を達成できない恐れがあるため、選定対象を3月決算法人に限定せず、2月決算や1月決算の法人にまで広げる可能性がある」

 

 ただ、コロナ禍の今年度の調査は、例年とは明確に異なる点が存在する。国税関係者によると「バー・クラブ」「外国料理」「大衆酒場、小料理」「パチンコ」など、資料を破棄して証拠を残さないように工作する恐れがある現金商売業者に対して、従来の調査で多用されてきた無予告調査を原則として行わないよう、国税庁が指示しているのだ。

 

 国税通則法は、原則として事前通知して調査を行うよう定めている。だが、調査前に対象者の情報を収集した結果、不正行為によって正確な課税所得や税額の把握を妨害したり、調査の適正な遂行に支障を及ぼしたりする危険性が見込まれる場合は無予告調査を認めている。その際は「単に不特定多数の取引先と現金決済取引をしているだけでは、事前通知を必要としない場合に該当するとは言えない」とされているが、料調が不正申告発見の可能性が高い前述の業種を調査する場合には多用される。

 

CRSは〝宝の山〟

 ところが今年度は、コロナ禍に伴う自粛営業で経営難に陥った納税者が水商売を中心に数多く存在しているため、こうした納税者に対する調査は原則として無予告で実施しないよう徹底されているという。

 

 「総体的に納税意識が低く、所得隠しの手法も巧妙なキャバクラや不動産ブローカーなどには、料調も無予告調査で対抗するケースが大半です。ところが実地調査が3カ月遅れで始まる今年度は調査期間そのものが短いうえ、事前の情報収集に反して重加算税が取れなければ、コロナ禍による経営状態悪化で殺気立っている調査対象者から不満が噴出して、国税行政に支障が出ないとも限らない。もちろん必要性を認められれば無予告調査も可能ですが、失敗が例年以上に許されない事態なのです」(料調関係者)

 

 こうした状況下で料調、なかでも個人所得の不正申告を調査する部門が標的に据えているのが、巨額の資金を海外に隠匿している富裕層だという。前出の料調関係者が明かす。

 

 「海外の税務当局との情報交換制度であるCRS(共通報告基準)が軌道に乗り、日本人富裕層の海外資産を監視する体制は急速に整備が進んでいます。海外での資産隠しを疑われるような富裕層は、コロナ禍の直撃を受けて生活に困窮するような納税者ではなく、しかも気性が荒くもない。不正蓄財を示す証拠さえこちらがきちんと提示できれば協力的で、ある意味では効率的に調査できる相手なのです」

 

 国税庁が昨年CRSを通じて入手した、海外に銀行口座を持つ日本居住者の新たな情報は189万件。18年の74万件の約2・6倍に達する。CRS以外でも利子配当や不動産賃貸、株式などの法定調書に基づく情報提供が年間15万件以上行われているという。こうした〝宝の山〟から、追徴課税につながる情報をどの程度見つけ出すことができるのか。調査を再開した東京局の“成果”に、他局も注目している。

(2020/11/09更新)