「このハゲーッ!」「生きている価値ないだろ!」などと秘書を激しく罵るとともに、暴力行為にも及んでいると推測できる録音データが公開された豊田真由子衆院議員。絵に描いたようなパワハラ音声は、直後に控えていた東京都議選にも大きな影響を与え、自民党惨敗の要因のひとつとなった。パワハラが組織に与えるダメージの大きさを今回の事件で再確認できたが、政党に限らず企業も一定以上の規模になれば全ての部署に目を配らせるのは難しく、今回の件は決して他人事ではないだろう。パワハラをしている管理職が自ら名乗り出ることはない以上、社員へのストレスチェックで問題を早期に洗い出したい。
豊田議員のパワハラ録音テープが公開された直後、自民党の河村建夫元官房長官は「男の代議士ならあんなのいっぱいいる。(責めるのは)かわいそうだ」と豊田氏を擁護し、議員による秘書への暴言や暴力を容認するかのようなコメントを発表した。失言、暴論、不祥事続きの自民党にとって、豊田議員のパワハラは「些末な問題」と映ったのだろうか、組織としての危機管理が完全に欠如していると言わざるを得ない。
基本的人権が保証され個人の権利意識も高まった現在は、殴る蹴るといった暴力行為はもちろん、パワー(権力、実力)に基づく言葉による嫌がらせやいじめもパワハラとして取り扱われ、時に莫大な損害賠償事件にまで発展する。さらに、裁判にでもなれば例外なく「ブラック企業」というレッテルを貼られ、インターネット上で拡散していく。イメージダウンの大きさは計り知れない。
企業としては大事に至る前に対策を打ちたいが、パワハラやセクハラは加害者に(豊田氏や河村氏同様に)当事者の意識が低く、自己申告は考えにくい。また被害者側が直上を飛び越えて会社に〝告げ口〞をするのはなかなか勇気のいることで、やはり現実的ではない。小中学校のイジメと構造は同じで、問題が浮上しにくいのが現実だ。
そこでいま注目されているのが、ストレスチェックを活用した問題点のあぶりだしだ。ストレスチェックは労働者の心理的な負担の程度を把握するための検査(ストレスチェック)と、その結果に基づく面接指導などを定めた制度で、労働安全衛生法の改正で導入された。2015年12月より施行され、1年以内ごとに1回、定期的に実施することが義務付けられている。対象となるのは従業員50人以上の企業で、50人未満の企業へは「当面のところ努力義務」とされていることから、遅からず対象人数が縮小されるのは確実だろう。
ストレスチェックの結果は医師等から直接本人に通知されるが、本人の同意があれば事業者への提供も認められている。こうして情報を集めていくことで、ストレスを抱えた社員の多い部署は注意して見守ることができ、社内に眠るパワハラの早期発見にもつながる。もともとストレスチェックは社員の健康を守るためのものだが、こうして組織防衛のために力を入れる企業が増えてきているようだ。
キャリアコンサルタントである高橋さとみさん(東京)は「子どものイジメが先生の見えないところで起きているのと同様、パワハラも社長の目の届かないところで起きています。社員を疑いたくはないでしょうが、社に損害を及ぼすような危険な管理職はどこにでもいるかもしれません」と、まずは冷静な目で社内を捉える必要があると語る。
そして高橋さんによると、パワハラは子どものイジメ以上に複雑な形態があることを理解すべきだという。それは、パワハラは単純に管理職が部下に、また年長者が年下の者に行うだけでなく、その逆もあるということだ。例えばITに疎い年長者や英語が話せない上司などが、「下の者」からのパワハラにあっていることが少なくないという。検査によって中間管理職のストレスが高いときは、その上司ではなく部下に原因があるかもしれないことは覚えておくべきだろう。
ストレスチェック制度が導入された背景には、年々増加する社会保障費の問題がある。厚生労働省によると、ストレスが元となった自殺や鬱病による経済的損失は2兆7千億円にも及び(09年)、さらにその予備軍による医療費は膨大で、国の予算を圧迫している。社会保障費が枯渇する中で、国としてもなんとか健康で働いてもらわなくては困るというわけだ。だが、非正規社員の恒常化につながる派遣法の改定や残業代ゼロ法案の提出など、労働者のストレスを生む政策が続くなか、自公政権が国民の健康についての責任を企業側に求めたのが制度導入の大きな理由でもある。
それぞれの企業が実際に行うにあたっては、国が推奨する「職業性ストレス簡易調査票」を利用するのがいいだろう。57 の質問に4段階で答えるもので、社員はプライバシーを守りつつ、ウェブでも紙でも回答が可能となっている。結果は集団的に分析し事業者ごとに対策を練ることも可能だ。
対象企業は、昨年11月までに最低1回のストレスチェックの実施が求められ、いまは2期目に入っている。バタバタと作られた制度で、広報や効果の検証も不十分であるとの指摘もあるが、それでも社員の精神的ダメージに会社として気付くことができ、さらに社内の歪みや危険をいち早く察知して、問題の深刻化を最小限に防ぐことにも役立つなら使わない手はない。無料でできる組織防衛のひとつとして検討して損はない。
(2017/09/02更新)