コロナ禍以前の不産市場はまさにバブルの様相を呈していた。そこに新型コロナウイルスが襲いかかってきた。終息の時期が見通せない状況に加えて、東京五輪が来年夏に開催されるかどうかも不確かとなっている。なかなか不動産市場に好材料が見出せない。不動産オーナーはコロナ禍に不動産とどう対峙していけばいいのかについて検討していきたい。
新型コロナウイルスの感染が拡大する以前の不動産市場は、超低金利であふれるマネーがなだれ込み、リーマンショック前を超える高値売買が繰り広げられていた。昨年10月末に発表された日銀の「金融システムリポート」では、昨年6月末時点の銀行の不動産業向け貸出残高が約80兆円で、「引き続きバブル期を上回る過去最高の水準にある」としていた。銀行にとって不動産業向け融資が、依然として重要な収益の柱であることが浮き彫りになり、今年7月に予定されていた東京五輪に向け都市部を中心に再開発などの建設ラッシュが続いていた。
だが新型コロナによって不動産市場の売買取引がピタリと止まった。3月に入ると、商業施設やホテルなどの稼働率は急落し、テナントやホテル運営者から賃料減額要請が殺到した。
そして投資マネーにも異変が起きた。REIT(不動産投資信託)は3月17日に一時17%安と大暴落し、1カ月で半分にまで落ち込んだ。4月に緊急事態宣言が発令されると不動産市場全体が凍結状態に陥った。首都圏中古マンションは4月の成約件数が前年同月比53%減となり半分以下に落ち込んだ。
仮に新型コロナが落ち着いた状況になったとしても不動産市場が元に戻るのだろうか。東京アプレイザルの芳賀則人会長は「不動産価格は長期的な下落トレンドに入った」と不動産価格が暴落する可能性の高さを強調する。
では、ビルや賃貸アパートなどを持つ不動産オーナーはコロナ禍によってどのような状況にあるのだろうか。東京・渋谷区で40年以上前から不動産業を営む稲垣俊勝氏(瑞宝興業代表)は「コロナの影響で賃料の減額要請や解約の申し出がポツリポツリと出てきている。コロナが長引けば長引くほど、家賃を滞納するテナントが出てこないか懸念している。寒くなると風邪が流行ってきて、同時に新型コロナの感染が拡がる時期に、不動産市場は繁忙期(11月〜3月)を迎える。今後の不動産市場は相当冷え込むことになるのではないか」と分析する。
特に飲食店などが多く入ったビルを持つオーナーはテナントへの対応で苦慮している。飲食業が壊滅的な不振に陥れば、家賃が払えなくなり、事業を継続できなくなった業者がテナントを抜けることになる。不動産オーナーにとっては死活問題だ。
銀座のある不動産オーナーは「テナントから賃料の減額要請がたくさん持ちかけられている」と話す。「3〜6月は家賃を半額、それ以降は当面2割を減額することにした。家賃が減るのは厳しいが、テナントの店舗に踏ん張ってもらって、この事態を乗り越えるしかない」
銀座のクラブなどの接待飲食店は売り上げが急減していることで、入居先のビルオーナーに家賃減額や支払い猶予を求めた。大半のビルオーナーが早々に家賃減額に応じたという。銀座のビルオーナーの中には、4〜5月の賃料をタダにしたり、5割減にしたりしてテナントを援助したところもあった。
一方で家賃の減額要請に一切応じないビルオーナーもいる。「家賃の減額に応じると、銀行への返済に影響する。国は家賃支援給付金などテナント企業への補償をしているが、不動産オーナーへの補償が全くないので、減額にも応じられないという悪循環になっている」(渋谷区の不動産オーナー)
減額要請に応じるべきかそれとも突っぱねるべきか、不動産オーナーは選択を迫られている。稲垣氏はできる限りテナントの状況を把握して、賃料を減額できるのならそれに応じるべきだという。
「不動産オーナーにとっては、賃料の減額要請の過程を経ないで、一直線で解約の話を持ち掛けられることが恐ろしい。現在、建物が需要に比べて多くなっているので、もっと安い賃料でもいくらでも探すことができる。出ていかれて、今のタイミングですぐにテナントが入ってくれる保証はない」(稲垣氏)
新型コロナウイルスの感染拡大でリモートワーク(在宅勤務)を実施した企業が増えた。それによって出社人数が従前の半分〜7割程度でよいと気づいた企業は多い。企業によっては広いオフィスから狭い物件へ移転するケースも出てくる。リモートワークを採り入れつつ、今後坪単価の安い物件に移ろうと考える企業も出てくるだろう。ビルに入居するテナント企業からオーナーに対して賃料減額の依頼や退出の申し出が相次いでいることから考えても、リモートワークによって空室率が拡大する可能性は否定できない。
前出の東京・渋谷区の不動産業者は「オフィスビルの解約は一般的に6カ月前には通知することになっている。今すぐに解約が表面化しなくても秋以降に解約が増えるのではないか。大手不動産業者が持つ大規模な床面積の物件から狭いスペースの物件に移る企業が出てくるだろう」として、オフィスの移転が増えた際に手持ちの不動産が受け皿になり得るかどうかが空室率拡大を抑制するカギになると指摘する。
賃料の減額や解約に加えて、不動産オーナーにとって大きな負担になっているのが固定資産税の負担だ。3月に発表された公示地価は地方圏がバブル期以来28年ぶりとなるプラスに転じるなど、昨年から引き続き好調な水準を記録した。しかしこの地価には2月以降のコロナの影響が反映されていない。コロナショックによって土地の実勢価格は大きく下がっているにもかかわらず、公示価格ではコロナ前の評価で高止まりしていることで、固定資産税の支払いが不動産オーナーにとって大きな負担となっている。
「解約などで空室が増えてくると固定資産税の負担がジワジワと重くなってくる。不動産の賃貸相場が下がってくると賃料収入も当然下がる。解約などで空室が埋まらない状況が続くと、毎月の家賃収入が得られないにもかかわらず高額の固定資産税だけを支払い続けることになってしまう」(稲垣氏)
15年1月の相続税増税によって、賃貸アパートを建設して節税する手法がもてはやされたが、想定した賃料収入が得られないうえ多額のローン債務を抱える不動産オーナーにとって、高止まりした固定資産税の負担は大きいと言える。
「手持ち資金を持ち合わせていないオーナーにとって、固定資産税の負担は死活問題だ。空室率の上昇で家賃収入が減るなかで、テナントからは賃料の減額を求められ、引き下げに応じなければならない状況で固定資産税を納め、銀行にローンを返済しなくてはならない。場合によっては銀行に不動産を没収される事態も出てくるのではないか」(稲垣氏)
3月以降、マンション市場は新築、中古ともに取引件数が縮小している。そして人口減少や高齢化によって放置されたままの空き家や買い手のつかないマンションが日本全国に増えつつある。
総務省が昨年4月にまとめた「住宅・土地統計調査」によれば、全国の空き家は846万戸に上り、この5年間で26万戸増加。すでに住宅総数は総世帯数を超え、住宅総数に占める空き家の割合は13・6%となり、実に約8戸に1戸は空き家である計算だ。野村総研はこれが33年には30%になると推計する。
特に地方都市では地価の下落と人口減少が絡み合い、売却を希望する不動産が増えているのに、買い手が見つからない現象が起きている。地域のインフラは劣化し、産業も衰退してデベロッパーも再開発に消極的になるという悪循環が起こる。こうして不動産価格は輪をかけて下がっていくという負のスパイラルが広がっていくなかで、コロナ危機がやってきた。
そして今年発表された相続税路線価には〝コロナ以後〞が反映されていない。土地の実勢価格は大きく下がっているにもかかわらず、相続税路線価がコロナ前の評価で高止まりしていることから、土地の価値に見合わない相続税の負担が強いられることも考えられる。国税庁では、地価調査などを踏まえ10月以降、路線価の減額修正を含む対応の要否を検討するというが、過度な期待は禁物だ。
さらに追い打ちをかけるのが「団塊の世代」の高齢化だ。団塊の世代は2028年には80歳前後となり、その子ども世代となる団塊ジュニアは50歳前後になる。内閣府の「高齢社会白書」によると、団塊の世代の持ち家率は86・2%と非常に高く、今後数百万世帯の規模で子が親の資産を引き継ぐことになるとみられている。団塊世代の実家の相続とともに、団塊ジュニア世代の実家の相続が同時並行的に発生するという「大量相続時代」を迎えることになる。
東京都世田谷区で会社経営をしているSさんは3年前、地方都市にある一戸建てを親から相続した。Sさんは「両親の家が居住地から離れたところにあるので、その管理までなかなか手が回らない。建物は放っておけばすぐに劣化し、人に貸すことも売ることもできなくなってしまう。解体して更地にすることも考えているが、土地の値段が下がって売却できない場合を考えると恐ろしい。そうなると固定資産税が大幅に上がってしまうので動くに動けない」と話す。コロナ禍で税金や維持管理費などの「赤字」を垂れ流すだけの〝負〞動産が今後増えていくものと想像される。
これまで東京五輪開催に向けバブル状態だった不動産が、コロナショックによって一転、大きな曲がり角に立たされている。コロナの長期化を見据えつつ自らの資産が減らない対応策を講じていきたい。
(2020/09/02更新)