コロナに備えるBCP(事業継続計画)

従業員が感染したらどうする?


 出口の見えない新型コロナウイルスの感染拡大が続いている。ただでさえウイルスの影響による景気減速が深刻化するなか、もし従業員に感染者が出るようなことになれば、事業の継続に大きな支障をきたすこととなる。個々の感染予防が重要なのはもちろんのこと、職場としても感染防止対策に注力する必要がある。さらに、それでも感染が防げなかったときに備えて、「コロナ対策」に特化した事業継続計画(BCP)を定めておくことが今こそ急務となっている。


 日立製作所は3月中旬、水戸事業所(ひたちなか市)に勤める従業員男性が新型コロナウイルスに感染したことを発表した。男性は2月24日〜27日にイタリアに出張していて、そこで感染したとみられている。同社は男性が勤務していた建物を閉鎖し、従業員ら約1000人に14日間の自宅待機を命じた。

 

 職場から感染者が出た際に従業員を自宅待機させる措置は、法律で定められた義務というわけではない。従業員の自宅待機を企業の努力義務として条例に定めた愛知県のような例外はあるものの、原則としては、あくまで保健所による要請に過ぎない。とはいえ現在の状況では、濃厚接触者の出勤を命じることは事業者に対する社会的評価の低下につながる可能性が極めて高く、実質的には〝必須〞といっていいだろう。

 

 日立製作所のような大企業であれば、感染者が出た事業所を一時的に閉鎖して、他の事業所で全体の業務をカバーできる。しかし中小では、全従業員が一つのオフィスで仕事をしていることも珍しくなく、そうしたケースでは一人の感染がすなわち全体の操業ストップにつながる。新型コロナウイルスが事業に及ぼす影響は、大企業より中小事業者でこそ深刻だ。それでも、中小事業者にできる感染予防策には限界があると言わざるを得ない。

 

 「会社の玄関には消毒用のジェルを設置し、可能な範囲で社員の時差出勤を始めた。といっても、できるのはそれくらい。うちのような小さい会社では、感染者が出たら致命的なダメージにつながるので、社員たちには毎日『頼むから感染しないでくれよ』と言っている」。こう話すのは、栃木で製造業を営む経営者の男性だ。現在、多くの中小企業で取られている新型コロナウイルス対策はこのようなものだろう。

 

 政府は感染予防策としてテレワーク(在宅勤務)を積極的に勧めているが、この経営者の会社のような製造業をはじめとして、従業員が出勤しなければ業務を進められない業態では、そもそもテレワークは行えない。またテレワークを導入する余地がある職場でも、今すぐ全員にノートパソコンを買い与えるというのは、現実味の薄い話だ。

 

 さらに時差出勤を行ったところで、当然ながら通勤電車での感染リスクを完全に払拭できるものではない。結局は「従業員それぞれの意識付けが最大の感染防止策」というところに落ち着き、最終的には感染しないよう祈るしかないというのが実情といえよう。

 

既存の計画は役に立たない

 しかし現実問題として、明日にでも従業員が新型コロナウイルスに感染する可能性はゼロではない。そうなれば、保健所の要請に従い感染者本人だけでなく濃厚接触者である同じオフィス内の従業員も全員が自宅待機となり、仕事は完全に止まってしまう。そうなった時に業務をどう継続するのかを考えるのは、他ならぬ経営者の仕事だ。

 

 自然災害などでダメージを受けた時に、どのように業務を継続し復旧まで持ちこたえるかをシミュレーションした手順を、「BCP(ビジネス・コンティニュイティ・プラン=事業継続計画)」という。多くの事業者が直接と間接とにかかわらず甚大な損害を受けた2011年の東日本大震災以降、その重要性に改めて注目が集まり、今では多くの事業所でBCPを策定している。

 

 しかし今回の新型コロナウイルスの流行については、既存のBCPでは通用しない可能性が高い。その理由は、既存のBCPは、日本で特に多い地震や洪水による損害をイメージして作られているためだ。想定する影響範囲は特定の地域に限られ、損害を受けるのはオフィス機器や工場などの施設を想定している。さらに直接的に被害を受ける期間は長くても1カ月程度にとどまり、備蓄されているのは防災用品がメインとなる。

 

 それに比べて新型コロナウイルスのような感染症は、影響が国内どころか世界中に及び、損害を受けるのは機器や施設よりも人そのものだ。また被害を受ける期間はいまだ全容が見えず、必要とされる備品はマスクや消毒薬がメインとなる。この違いによって、例えば既存のBCPでは、「被害を受けなかった従業員は予定していた代替オフィスに集まり業務を継続する」としていた計画が、濃厚接触者は代替オフィスにも出勤できず、また代替地も新型コロナウイルスに冒されてしまう可能性を払拭できないということになってしまう。

 

 実際に、企業コンサル大手のPwCが行った調査によれば、中国にある日系企業200社のうち、7割以上がBCPを前もって策定していたにもかかわらず、そのうち6割が新型コロナウイルスに対して「不備」もしくは「周知不足」によって有効に機能しなかったと答えた。その理由として多かったのは、「被害が想定をはるかに超えていた」、「抽象的な基本方針にとどまり具体策に欠けた」などだった。さらに在宅勤務についても「アクセスできないデータやアプリケーションがあり支障が出ている」と約半数が答えている。

 

 海外に支社を置く大手企業でもこの有様だから、世界的な新型ウイルスの流行という想定外の事態に対して、中小事業者が現状でBCPを用意していないのは仕方がない話だ。しかし現実として、明日にでも職場から感染者が出るリスクがある以上は、一人の感染によって即事業ストップにつながる中小事業者こそ一日も早くBCP策定に取り掛かるべきだろう。

 

 では実際に、どのようなBCPを作ればいいのか。そもそも新型コロナウイルスにかかわらず、BCPを策定するに当たって重視すべき前提としては、ダメージをなるべく抑えること、元のレベルで事業再開できるまでの復旧時間を短くすること、事前の備えを厚くすること、の3点が挙げられる。想定される業務上の支障を前もって洗い出し、それぞれに対してどう対応するかを決めておくことで、ダメージを軽減し、素早い業務への復帰が可能となるわけだ。

 

 そしてコロナ対策に特化させたBCPに必要な要素としては、特に情報の収集・理解や中長期的な資金繰りを含めた財務分析が重要となる。例えば宮城県が事業者向けに作成した新型コロナウイルス対策ページでは、BCPを策定する上でのポイントとして、①情報の収集と発信、②事前対策、③感染防止策の実施、④事業への影響・財務状況の分析——を挙げている。また鳥取県でも、正しい知識に基づいた冷静な準備や、事業縮小・休止が長期にわたった場合の運転資金の把握をポイントに掲げている。

 

 例えば①の情報収集と発信では、インターネット上のSNSの投稿や個人のブログなどではなく、厚生労働省、国立感染症研究所、外務省の海外安全ページ、都道府県などの一次情報に当たることで、現在判明している正確な情報を知ることができる。

 

 また②の事前対策は、まさにBCPを策定することが当てはまる。さらに感染者が出た時を想定して、テレワークや時差出勤時の業務管理を検討することに加え、内部だけでなく重要取引先とも有事の際の連携について話し合っておくことが必要だ。すでに事前対策とは言えないかもしれないがマスクや消毒用アルコールの備蓄の積み増しも含まれるだろう。

 

 より具体的な方策としては、実際に感染者が出る前に主な財務処理などを済ませるために繰り上げての期中処理や、特に中核となる業務に当たる従業員への優先的なノートパソコンの供与などが考えられる。さらに内部ではなく取引先に感染者が出た時のことを考え、代替業者の選定なども済ませておきたいところだ。この②こそが、BCPが効果を発揮するための核心といえる。

 

 ③の感染防止策の実施では、従業員への正確な情報の周知の後、手洗いやマスク着用の徹底などの対策を講じる。時差出勤を実際にスタートさせ、対面の打ち合わせなどはなるべく避ける。さらに実際に感染者が出てしまった場合には、②で検討した内容に基づいて、従業員の自宅待機やテレワークによる中核業務の継続などを行う。

 

 前出のPwCの調査でも、BCPを策定していたにもかかわらず、周知不足によって実効性を持たなかったケースが多かった。計画は作っただけで終わらせず、スムーズに動くよう全社に行き渡らせておくことも、同じくらい重要だと考えておくべきだろう。

 

 ④の財務状況の分析では、新型コロナウイルスの影響がいつまで続くのか、どれほどのものになるのかの全容が明らかでないため、難しい部分もある。しかし可能な範囲で資金繰りへの影響を分析し、いつまでにどれだけの運転資金が必要となるのかを認識しておくことが、いざという時の行動指針となる。メインバンクとの連絡を欠かさないことに加え、行政による金融支援などの情報収集も怠らないようにしたい。

 

絶対避けたい事業ストップ

 BCPを策定するに当たっては、様々な民間サービスや助成金もフルに活用していきたいところだ。貸会議室などを運営するTKPでは、新型コロナウイルスの感染拡大によってオフィス分散の需要が高まっていることを受け、貸会議室をオフィススペースとして貸し出すサービスを始めた。一つのオフィスで全従業員が一緒に働いている中小の職場にとっては、全体的な事業停止を避けるためのリスク対策として、検討する余地はあるだろう。

 

 また東京都は3月から、テレワークを導入した事業者に助成する「テレワーク助成金」の募集を始めた。東京都が推進する「2020TDM(交通需要マネジメント)推進プロジェクト」に参加するなど一定の要件を満たす必要があるが、保守費用やリース費用を含めて最大250万円が助成されるものだ。

 

 さらに新型コロナウイルス対策を講じる上では、税金面での負担を減らす方法も覚えておきたい。取得価額が一式30万円未満のパソコンであれば、全額を損金算入して即時償却を認める中小事業者限定の特例が使える。適用金額は合計で年間300万円までだ。またマスクや消毒用ジェルなどの備品は、全てを福利厚生費として損金に含めることができる。

 

 新型コロナウイルスの流行によって業績が落ち込むなかでは、たとえ感染防止のためであっても、さらなる支出が経営を苦しめてしまう。様々な公的な支援策に加えて、税金面の負担を減らす方法も駆使して、負担をなるべく抑えたい。

 

 新型コロナウイルスの世界的な流行には、まだ終わりが見えない。事業への影響が今年いっぱい続くことも想定して、資金繰りも含めた事業継続への備えを欠かさないようにしたい。

(2020/05/08更新)