終身雇用制のもとでは「出向」が重要な役割を担ってきた。社員を解雇することなく、主にグループ内の子会社に〝転職〞させることで、一応の雇用は守られる。だが、多く活用されてきたからこそ、制度の適用にあたっては課税当局と争いになることもしばしばあった。税務署との争いが国税不服審判所までもつれることになった例も少なくない。人気ドラマ「半沢直樹」でも舞台となったのは主人公の出向先だ。出向による税務処理の注意点を取り上げてみたい。
一般的に出向とは、社員や役員を会社に在籍させたまま、子会社などの別法人で労働や経営に従事させることを指す。給与は労務の提供を受けた法人が負担するものというのが税法の基本的な考え方なので、子会社での労働分は子会社が負担することが原則となる。その費用を親会社が負担すると、子会社への寄付とみなされ、損金にすることは認められない。これは、仮に損金にできるとなると、多額の利益がある事業年度に子会社へ資金をつぎ込むことで、親会社の利益を圧縮するという税逃れが可能となってしまうためだ。
過去に国税不服審判所では、出向元の法人が支出した出向者の社会保険料の事業主負担分を、損金にできるか否かで争われたことがあった。最終的に法人は全額負担に合理性があるとする証拠を提示できず、経費性が否認された。損金にできるのはあくまでも親会社が本来負担するべき金額と認められる部分だけで、子会社が負担しなければならない支払い分を親会社が肩代わりしているとみなされると、課税対象になってしまう。
つまり、出向者が子会社で働いた分の給与は、子会社が負担するのが一般的だ。ただ給与支払いの実務では、子会社が親会社に「給与負担金」を支出し、親会社が出向社員の口座に振り込むことが多い。形としては親会社が給与を支払っていることになるが、実質的に負担しているのは子会社なので損金算入の対象となる。
また、その給与負担金が子会社の給与規準で計算されている場合、親会社の給与水準と比べると額が低くなってしまうことがあるので、親会社がその差額を埋めるための補てん金(給与較差補てん金)を支給するケースもみられる。この補てん金も親会社が本来負担しなくてはならない額までであれば損金にできるが、それ以上の金額を損金にすると調査官に否認されることとなる。
親会社が出向者に支給する賞与も同様に、子会社での労働分の肩代わりとみなされると損金にできない。ただし、子会社が経営不振などの理由で出向者に賞与を支給することができない状態なら、親会社が出向者に賞与を支給しても損金算入の対象となる。子会社がコロナショックで出向者にボーナスを支払えない財務状況となっているなら検討する余地がありそうだ。
ほかに出向に関する税務で調査官が目を光らせているのが、業務の担い手が出向と業務委託のいずれの立場で仕事をしているかという点。その違いによって消費税の仕入れ税額控除が適用できるか否かが異なるためだ。業務委託は外注として消費税の課税取引になるが、出向は社員への給与の支払いなので課税取引とはならず、仕入れ税額控除が認められない。
裁決事例集を紐解くと、出向の見解の違いを巡って争った審判は多い。例えばある法人は、業務委託契約に基づいて役務の提供を受けたとして仕入れ税額控除を適用したが、実質的にその業務は別の事業所に社員を出向させて行ったに過ぎないとして税務署に否認された。
業務に必要な機械や器具を自己負担していなかったことや、勤務時間に法人の指揮監督のもとで労務を提供していたこと、また欠勤日数に応じて支払い額が減額され時間外手当も支給されていたことなどが否認の根拠とされ、仕入れ税額控除の対象にはならないと判断された。委託先が独立して自己の責任で業務をしているという証拠を残さなければ、外注として税務処理することは認められないと言えそうだ。
出向に関する実務では、税金だけではなく、労災保険や雇用保険の支払いでも迷うことが多い。労災は安全配慮義務と密接な関係があり、社員は出向先の指揮命令下で実際に業務をするので、たとえ出向元が給与を支払っていても、労災保険は出向先が支払う必要がある。
一方の雇用保険は、給与を多く支払っている事業者が一般的に支払う。子会社での仕事のウエイトが重く、支払われる賃金も親会社より多ければ、親会社での雇用保険の資格を喪失させ、子会社で新たに資格を取得することになる。
半沢直樹の反骨精神に学ぶところはあっても、国税当局と不要な争いをするのは得策ではない。調査の対象になって税金を〝倍返し〞させられることのないように、慎重に税務処理を行いたい。
(2020/08/31更新)