短期払いのがん保険や医療保険を巡る税務処理を見直す国税庁の改正通達が、10月8日に発効した。これにより昨年から続いた〝節税保険〞規制の流れは一段落したといえる。高い節税効果を持つ保険商品の規制は経営者にとって痛手だが、こんな時だからこそ見直したいのが、そもそも生命保険に加入する目的だ。生命保険は保障や社外貯金など多くの役割を持ち、相続対策にも欠かせない存在だ。自分が本当に必要とするのはどのような保険なのか、改めて考えてみたい。
10月8日から適用された改正通達は、短期払いの法人契約のがん保険や医療保険について、全額損金算入できる保険料の範囲に年間30万円の上限を設定するものだ。これまでは、企業が加入する保険の保険料を支払う期間を短く設定すれば多額の保険料を一気に損金算入することが可能となっていたが、今後は年間に損金算入できる範囲が30万円となり、保険料を短期に前払いするメリットが薄れたことになる。
改正通達はすでに先行して7月に適用されたものもあり、そちらでは新成人病保険、長期平準定期保険、介護費用保険、がん保険(終身タイプ)などの「第三分野保険」と呼ばれる各種保険について取り扱いを統一した。最高解約返戻率が50%を超えるものを、その返戻率に応じて3段階に区分し、損金算入できる保険料の割合を6割〜3割以下に規制した。返戻率が高ければ支払った保険料の8割以上が課税対象になることもあり、これまでのような節税効果は望めなくなった。
今回の規制を受けて、多くの保険商品がすでに売り止めとなっている。貯蓄性のある保険商品が完全になくなってはいないものの、これまでのような高い効果は期待できないことを踏まえ、これから貯蓄型保険への加入を検討する際には、損益分岐点の分析がより重要となるだろう。
そして何より、このタイミングで今一度考えたいのが、生命保険本来の役割だ。経営者が保険を契約するとなると、どうしても派手な節税効果などをうたう高返戻率の商品に目が行きがちだが、節税といった部分はあくまでも生命保険の付随的価値に過ぎない。企業の核であり、家族の大黒柱でもある経営者が生命保険に入る最大の目的は、今も昔も「もしもの時の保障」のために他ならない。
生保に入る目的が保障であるなら、保険選びの際に真っ先に考えるべきは保険金の多寡ではないことも分かるはずだ。保障額はもちろん多ければ多いほうがいいが、保険金が高いほど、支払う保険料も多くなる。どんなに良い保障内容でも、保険料が払えずに途中で解約してしまっては意味がない。
ここで不可欠なのは、実際に必要となる金額の「可視化」だ。銀行や仕入先への返済にはどれほどの原資があればいいのか、当面の給与の支払いにはどれだけあれば安心できるのか、固定費はどれほど発生するのか、家族の生活費としてどれくらい必要なのかといった数字をある程度計算した上で、実際に支払える保険料とすり合わせ、自分の欲しい保険商品を具体的にイメージする。
経営者個人の相続対策を考える際にも生命保険は重要な役割を果たす。生命保険金には、相続財産から差し引ける「3千万円+600万円×法定相続人の数」の基礎控除額とは別に、独立した「500万円×法定相続人の数」という非課税枠が設けられている。例えば配偶者と3人の子どもがいるケースでは生命保険金だけで2千万円が相続財産から除外されるわけで、生命保険が相続対策に欠かせない商品だといわれるゆえんだ。
そして何より生命保険金が役立つ理由は、まとまった額の現金が相続発生後すぐに手に入るという点だ。相続財産の大半を占める不動産は分割が難しく、売却して現金化するにも時間がかかる。相続発生から10カ月という相続税の申告期限に間に合わせるために相場より格安で売却してしまうことも起こり得るため、現金がすぐ手に入る生命保険金は、相続税の納税資金として使い勝手が良い。
現金が手に入るということは遺産分割でも力を発揮する。例えば長男が自宅を相続するケースでは、次男三男の法定相続分を保険金で支払う「代償分割」が可能となる。
加えて今年7月には民法が改正され、遺留分の請求を金銭のみに統一する見直しがなされている。他の相続人に遺留分を請求された場合、まとまった現金が必要となることを踏まえ、後継者を受取人とした生命保険に加入しておくことがトラブル防止のためにも必要と言えるだろう。
すでに必要な保険には加入しているという人も、数年に一度は〝メンテナンス〞を行うようにしたい。保険内容を見直し、必要に応じて調整を行うことで、保険はさらに力を発揮する。
例えば、保険期間が70歳までとなっていて、すでに60代半ばで持病も特にないというケースであれば、71歳以降に死亡してしまうと死亡保険金を受け取れず、遺族への死亡退職金の支払いも困難になってしまう。こうした場合には、保険期間の延長を検討したい。定期保険から生涯保障の終身保険に変換することで、死亡保険金を受け取れなくなるリスクを排除できる。もちろん変換時の年齢によって保険料が加算されるなどのデメリットはあるものの、利益が多く出てしまった決算時に組み合わせることで、決算対策として使うことも考えられる。
必要な保障は何かをしっかりと見定め、税理士やフィナンシャルプランナーなどと相談の上で、希望を叶える保険商品を選んでいきたい。
(2019/11/29更新)