たけしもハマった自社株トラブル

税金対策が裏目に

方針の不一致で分裂の危機


 ビートたけし(71)の独立を巡る「オフィス北野」の〝お家騒動〟。独立の理由は同社の森昌行社長(65)とたけしとの金銭トラブルだというが、より詳しく見ていくと、森社長の保有する同社の〝自社株〟に原因があるようだ。自社株を巡る社内分裂は、中小企業では決して珍しい話ではない。さらに企業オーナーと腹心の幹部、古参社員らをも巻き込んだ対立構造も、多くの中小企業が起こしがちなトラブルだと言えるだろう。たけしも〝ハマった〟社内分裂問題の根幹にある原因は何なのか、中小企業はどのように同種の問題を防ぐべきか、オフィス北野の事例を基に分析していく。


 タレントとしても映画監督としても名声を得てきたビートたけしが、泥沼の事務所トラブルに巻き込まれた。トラブルの発端は、たけしがこれまで長年所属してきた「オフィス北野」から独立して個人事務所「T.Nゴン」に活動拠点を移したこと。その理由を巡って週刊誌などが憶測混じりの報道を繰り返すなかで、たけしに長年〝仕えて〞きた「たけし軍団」のタレントらが、「事務所独立の原因はオフィス北野の森昌行社長の専横にある」と声を上げたのだ。

 

 すると、やり玉に上げられた森社長もすかさず反論した。週刊誌上で、軍団の言い分は事実ではないと反論した上で、むしろたけし側に〝恫喝〞されて自身が保有するオフィス北野の自社株を手放すことに同意させられたと主張した。

 

 社員の給与や森社長自身の役員報酬を巡る見解なども含め、双方の主張は食い違っていたが、少なくとも事実関係として確かなのは、1992年に当時のオフィス北野の大株主であったテレビ制作会社・東通が倒産状態に陥った際に、オフィス北野からお金を借りた森社長がその株を買い取り、結果として森社長がたけしを抜いてオフィス北野の筆頭株主になったという点だ。

 

 この経緯について軍団側は、森社長は株の買い取りについてたけしに相談せず、森社長が筆頭株主になったことをたけしは知らなかったと主張している。その上で、自身の役員報酬を高額にするなど、森社長が会社の私物化を図ってきたことが独立の原因だとマスコミに向けた声明文で明らかにした。たけしが独立する際には、多くの自社株を「古参の8人に分けていただいた」という。

 

 対する森社長が週刊誌に語った内容によれば、たけしが独立した理由などについては触れていないものの、26年前の自社株の買い取りについてはたけしも了解していて、森社長が筆頭株主になることも理解していたという。さらに軍団への自社株の贈与は、軍団らを交えた協議の場で「恫喝」まがいに要求され、半ば強制的に捺印させられたというのだ。

 

 少なくとも、独立に当たって軍団に分与された自社株は「(たけしは)社長の分をみんな均等にして、お前らに株を全部渡すからと言ってくれた」と軍団が出演したテレビで語っているように、森社長が所有していた分であり、師匠が自身の株を弟子たちに譲ったというような単純な美談ではなさそうだ。

 

 どちらの言い分が正しいのか、たけしが独立を決めた理由は何だったのかという真相は当事者らが知るのみだが、結局ビートたけしという〝金看板〞に泥を塗るまいとする思惑は両者一致したようで、4月上旬には森社長から「軍団から話し合いに応じてもらえないかという申し入れがあった」「私自身も対立の拡大を求めていない」とする書面が発表され、ひとまず事態は収束に向かったものとみられている。

 

 軍団と森社長のどちらが正しいにせよ、今回のトラブルがたけしを始め、関係者全員の評判に傷を付けたことは確かだ。イメージを大切にするタレントはもちろんのこと、オフィス北野という企業にとっても、取引先や顧客、金融機関などにマイナスの印象を植え付けたことは否めない。

 

 たけしがタレントとして奔放なイメージを売りにしていたとしても、オフィス北野のオーナー創業者として雇われ社長の森氏をしっかり監督すべきであり、森社長はたけしの性格と、それを〝信仰〞する軍団の関係性を把握した上で、株の取得について一筆を取っておくべきだったろう。

 

 森社長がオフィス北野から自社株の取得資金を借りる際に金銭消費貸借契約証書を作り、取得する株について議決権に制限を付けるといった内容を盛り込んでおけば、今回のようなトラブルには発展しなかったはずだ。

 

 自社株の持分は、経営権の行方に直結するだけに、たけしと森社長は互いにオーナーと経営者としての業務をおろそかにしていたとの批判は避けられない。

 

腹心の離反、先代の翻意…

 今回はたけしという有名タレントが絡む話だったのでメディアにも大きく取り上げられたが、似たような話は中小企業ではよく起きる。仮に今回の問題を、たけし軍団側の言い分に基づいて見た場合、トラブルの原因は信頼していたはずの腹心の離反ということになる。

 

 中小企業では、後継者である息子がまだ若かったり経験不足だったりという時に、長年会社を支えてきてくれた幹部クラスに〝中継ぎ〞を依頼するのはよくある話だ。そして残念なことに、中継ぎであったはずの社長がオーナー一族に牙をむくというのもまた、よくある話だと言える。

 

 引き受けた時から叛意を秘めていたのか、それとも心変わりをしたのかは分からないが、一度経営者として取引先や社員らの信頼を得た人間に離反されると、無理やり引き下ろすにしても、それなりの犠牲が生じることになってしまう。

 

 中小企業の事業承継に詳しい税理士の城所弘明氏が姉妹紙『納税通信』で連載する「キド先生の相続・事業承継のトラブル事件簿」では、中継ぎ社長の反乱によって、会社が分裂する危機に陥った事例を紹介している(3469号)。自社株の譲渡を要求してきた中継ぎ社長に対して、協議を行って分裂こそ免れたものの、オーナー一族は結局、高額な役員給与や会社の利益に応じた賞与を提示し、さらに将来的に代表取締役会長の身分と1億円相当の退職金を約束することになったものだ。

 

 これが中継ぎ社長でなくても、財務などをすべて任せていた番頭格の人間が会社の金を横領していたり、現場の指揮をとっていた人間が顧客を引き抜いて同業種で独立したりということも起こり得る。信頼できる幹部は会社を成長させていく上で不可欠な存在だが、あくまで経営者と部下、あるいはオーナー一族とそれ以外という風に、法務面や経営面でしっかり権限の線引きをしておかないと、たけしのように軒先を貸したつもりで母屋を乗っ取られることになりかねないだろう。部下の手綱を握ることはオーナーの最も重要な仕事であることを認識し、有能な人材を使いこなしていきたいところだ。

 

 一方、オフィス北野の問題を森社長のほうから眺めてみると、景色はがらりと変わる。森社長の主張によれば、自社株取得の経緯をたけしは全部知っていたという。そうなるとオフィス北野の問題は、一度了解を得た上で重要な経営判断を下したにもかかわらず、後になって創業者がそれをほごにしたことになる。

 

 真実がどうであったかは分からないし、仮に森社長の主張が正しかったとして、たけしがどのような考えで手のひらを返したかは謎だが、こうしたケースもまた中小企業ではよくあることだ。

 

最後は議決権がモノを言う

 現社長とオーナーの対立、そしてオーナー側についた部下たちという構図が最も生まれやすいのは、事業承継後の中小企業だからだ。オフィス北野では現経営者は雇われ社長の森氏だったが、これが先代から経営を引き継いだ実子でも同じことは考えられる。

 

 ひとたび承継をして経営をわが子に任せたものの、二代目の経営方針に不満を覚えた先代がついつい口を挟んでしまうという展開は、大塚家具の親子対立を見るまでもなく、ありがちなトラブルだ。この時も、古参の幹部従業員らは先代側について、社内対立を深める原因となった。あるいは先代にその気があまりなくても、二代目を受け入れられない社員らが引退した先代に〝直訴〞して、現場に担ぎ出してくるというパターンもある。

 

 どちらも明らかな事業承継の失敗であり、先代と二代目の間でしっかりとした方針の共通認識を得ていなかったこと、さらには従業員への周知徹底がされていなかったことが原因だ。「話し合い不足」と「説明不足」が対立を深めるというのは、オフィス北野のトラブルにもそのまま当てはまる話だろう。

 

 これらのトラブルを防ぐためには、経営権の引き継ぎがあるのなら時間をかけて準備し、進めておくことはもちろん、何よりも経営者と後継者、オーナーと右腕の間で、経営方針について共通理解を深めておくことが重要だ。

 

 オフィス北野でも自社株取得の経緯だけでなく、たけしと森社長の経営方針の食い違いが対立の一因であったとも報道されている。方針の食い違いによる社内分裂を起こさぬよう、なるべく話し合いによって対立の溝を埋め、着地点を探すことが両者に求められる。

 

 どうしても溝が埋まらないのであれば、会社の経営方針は最終的には「自社株」の持分による議決権で決められる。そのためにもオーナー一族は、自社株だけは手放してはいけないわけだ。

 

 オフィス北野を見てみると、たけし側の言い分が仮に正しかったとしても、森社長に自社株の過半数を握ることを許している時点で落ち度があったことは否定できない。最終的に社長が軍団員らに株を贈与することを認めたというのは、森社長が折れただけに過ぎない。

 

 自社株の持分に関するトラブル、経営方針を巡る社内対立はどこでも起こる話だ。今回の北野オフィスでこそ、ビートたけしという絶対的なカリスマのために収束する方向で進んでいるが、そのまま会社が真っ二つに分かれることもあり得ない話ではなかった。

 

 苦労して育て上げた会社が分裂しないためにも、トラブルの芽を未然に摘める体制を作っておきたい。

(2018/05/31更新)