相続税の大増税の影響で空前の生前贈与ブームが訪れている。110万円の非課税枠(基礎控除額)を利用した暦年贈与や、相続時精算課税といった〝お馴染み〞の制度に加え、高齢者の財産を早期に次世代に移して消費を活発化させようという国の狙いから、ここ数年で複数の新たな贈与税特例が開始されていることも影響している。家族の財産をできるだけ減らさないように贈与税制を改めて整理しておきたい。
贈与税の申告件数はここ数年、大きく数を増やしている。国税庁の最新データによると、平成27年の贈与税申告は53万9千件で、前年の51万9千件から3・7%増となった。5年前(22年)の39万5千件と比べると36・5%も増加していることになる。
生前贈与ニーズの高まりは、相続税の大増税を受けてのものだ。平成27年に相続税の基礎控除額が6割に縮小され、最高税率は50%から55%に引き上げられた。26年提出の相続税申告書(相続税額あり)にかかる被相続人は5万6239人だったが、基礎控除額縮小でこの相続税申告件数が今後は増えていく(27年分は2016年12月公表予定)。
以前なら課税対象でなかったのに改正後は対象になりかねないと考える人や、それまで想定していた以上に相続税の税額が増えてしまうと考える人が、27年以降の相続増税が決定して以降、積極的に生前贈与している。
生前贈与ニーズの高まりの特徴のひとつに、住宅取得等資金贈与の非課税特例を利用して多額の財産を次世代に譲り渡す人が増えていることが挙げられる。最新データによると、27年に特例を利用した人は6万6千人で、前年の6万5千人から2・1%増えた。その割合以上に贈与額は増えていて、住宅資金の額は6508億円、非課税の適用を受けた額は6159億円と、前年の5023億円、4318億円からそれぞれ29・6%、42・6%も増加している。
この特例は、住宅の新築や増改築を目的とする資金を子や孫などの直系卑属に一括贈与したときに、一定額まで贈与税が非課税になる制度。27年より前の非課税額は最大1千万円だったが、省エネ・耐震・バリアフリーなどの性能に優れた住宅(省エネ等住宅)を新築したときの非課税額が拡大された。
省エネ等住宅とそれ以外の住宅ともに、非課税額は年を経るごとに引き下げられるため、住宅を新築する予定がある子や孫に早期に贈与しようと考える親・祖父母世代が増えた。なお、平成29年4月1日以降に引き渡しを受ける住宅の消費税率は10%になる予定だったため、それを踏まえた非課税額も設定されていた。新築に関する契約締結日が今年10月1日〜平成29年9月30日であれば、省エネ等住宅の非課税額は3千万円、それ以外は2500万円という大きな額だったが、増税延期でこの設定は適用できなくなったことに注意したい。
この住宅資金の一括贈与の特例に加え、教育資金や結婚育児資金の一括贈与に関する非課税特例を国はスタートさせている。それぞれ生前贈与の選択肢のひとつとして知っておく必要があるだろう。
教育資金特例は、30歳未満の直系卑属に教育資金を贈与するときに、受贈者1人につき1500万円まで非課税になるというもの。制度スタート3年弱で利用15万件、資金額1兆円が利用されている。
一方の結婚育児資金の特例は、20 歳以上50歳未満の子や孫などの直系卑属への一括贈与で、受贈者1人あたり1千万円(結婚資金の場合は300万円)を上限に贈与税が非課税となる。今年度の税制改正で、不妊治療のために薬局へ支払う医薬品代、産前産後の母親のために薬局へ支払う医薬品代、母親の産後健診の費用が特例の対象に追加された。
同制度は、1年目で利用3千件余り、約80億円の資産が次世代に移転されている。両制度とも有効な財産移転策として、少なからず利用されているようだ。
そして、生前贈与で最も一般的なのは、1年間の贈与に課税される暦年課税制度の非課税枠(110万円)を利用する方法だ。長期的に見れば、贈与税が掛からずに数千万円単位の財産を受け渡すこともできる。
平成27年に暦年課税で申告した人は48万9千人。申告納税額は2161億円だった。一方、2500万円までの贈与が非課税になり、相続発生時にその贈与財産も含めて相続税を計算する相続時精算課税制度の適用者は4万9千人、申告納税額は241億円だった。
相続時精算課税制度は平成27年に改正されていて、それまで贈与者は65歳以上に限られていたが、60歳以上に引き下げられた。また、受け取る人は20歳以上の子(推定相続人)とされていたが、孫も対象になり、使い勝手が高まっている。ただし、この制度を選択するとそれ以降は暦年課税制度を適用することはできなくなるので慎重に選択しなければならない。
平成27年以降、一定額を超えない贈与であれば、その年の1月1日時点で20歳以上の人が父母や祖父母(直系尊属)から贈与を受けたときの贈与税率が軽減(特例税率が適用)されたことも知っておきたい。その一方で、贈与税の最高税率は55%に引き上げられている。直系尊属から20歳以上の人への贈与では4500万円超(基礎控除後)、それ以外では3千万円超(同)で最高税率が適用されている。
赤字法人にはメリットがない法人税だけが減税され、多くの人には所得税、相続税、消費税の負担増が大きくのしかかる。少しでも財産を次世代に多く移転できるよう、生前にしっかりと準備しておきたい。
(2016/08/05更新)