政府・与党は富裕層が海外に持つ資産について、税逃れ対策を強化する。税制改正大綱に盛り込み、2020年度税制改正に反映させる。相続税や所得税の増税など、いわゆる富裕層を狙った課税が強化されるなか、富裕層課税の本丸と位置付ける海外資産(資産フライト)に攻め入る姿勢だ。国税当局は金融機関にある外国人や外国企業の口座情報を各国税務当局と交換する「CRS(共通報告基準)」制度の導入などにより、資産フライトの取り締まりで着々と成果を上げている。海外資産にはかつてない厳しい目が向けられることになりそうだ。
2020年度税制改正大綱には、国外にある銀行預金の入出金や不動産の賃貸借などの取引記録を保管するよう納税者に求める内容が盛り込まれる。資産残高だけでなく、預金に伴う利子や不動産の賃料、有価証券の配当や売却益など海外資産から生じた所得も把握しやすくする。
現在は年に1度、国外財産調書で保有する不動産などの情報の提出を義務付けているが、資金の流れを示す取引記録の保存も促す。記録を提出すれば申告漏れがあっても追加課税を軽減する仕組みを設ける方針。取引の透明性を高めて自主的な申告を迫る狙いだ。
新制度では現行と同様に計5千万円超の海外資産を持つ居住者を対象に、新たに資産の取引実態が分かる入出金記録や帳簿の保管を求めるという。保管については義務化しないが、税務調査で提出を求められた際に示せなければ国税当局の厳しい調査を受けることも覚悟しておく必要がありそうだ。
当局から申告漏れを指摘された際に入出金記録や帳簿を提出すれば追加課税の納税額が下がるが、示せなければ納税額が高くなることも想定している。保管は義務化しないと先に触れたが取引の情報を透明化するため保管を強く迫る制度になっていく可能性もある。
14年に始まった国外財産調書は、海外に5千万円超の財産がある場合、毎年税務署に届け出なければならない。17年7月からの1年で9551件の調書が提出され、総額では3兆6662億円分となっている。
だが実際は調書を提出しなかったり、運用に伴う所得を申告しなかったりするケースが多いとみられる。ハワイだけでも口座を持つ日本人が7万人いると言われており、調書の提出義務者の全体を把握できていない。年間約9千件の数字についても当局では「氷山の一角」と見ており、預金利子や不動産賃料、有価証券の配当や売却益など、海外資産から生じた所得を把握することが課題となっていた。
19年7月には、脱税した金を海外口座に隠したうえ、「国外財産調書」も提出しなかったとして、大阪国税局が国外送金等調書法違反(不提出)と所得税法違反の容疑で、京都市の家具輸入会社社長を京都地検に告発した。不提出での告発は初めてだった。
ある国税OB税理士は「当局は不提出の横行を許すことが課税逃れの温床になりかねないと見ている。調書を提出することの重要性が増していくのではないか」と分析する。
これまで常に増税の標的とされ、重い税負担を強いられてきたのは年収5千万円から1億円の層だ。仮に「中間高所得者」と呼ぶが、この層への課税強化は、消費税増税など大衆増税に対する不満のガス抜きにも利用されてきている。
当局では調査の重点強化項目として、消費税、相続税、海外資産、富裕層という4つのキーワードを挙げて「深度ある調査を行う」としてきたが、この中で消費税以外の3つが見事にリンクして、富裕層に襲い掛かってきている。
そして当局が富裕層課税の本丸と位置付けているのが海外資産の取り締まり強化だ。当局では、約100カ国・地域の金融機関にある口座情報を交換する「CRS(共通報告基準)」を導入している。すでにこの情報から申告漏れを指摘した事例もあり、効果は出ている。
例えば、光学薄膜装置メーカーが関東信越国税局の税務調査を受け、租税回避地の会社を使って約2億7千万円を親族や会社幹部に還流させていたことが明らかになったケースでも、香港の税務当局の協力を得て資金の流れをつかんだとされる。
当局は2018事務年度に、海外取引法人等に係る実地調査を1万5650件実施したが、海外取引等に関係して違法性を指摘したものは4367件だった。件数は前事務年度に比べて微減となったが、海外取引の申告漏れ所得金額は89・9%増の6968億円にのぼった(グラフ)。調査1件当たりの申告漏れ所得金額は4452万円で、法人税調査1件当たりの申告漏れ所得金額(1397万円)の約3・2倍となっている。
タックスヘイブン(租税回避地)の実態を暴いたパナマ文書の流出などを機に、当局は富裕層の海外資産監視に本腰を入れたわけだが、CRS導入や国外財産調査の強化などによって、さらに海外での税逃れへの監視の目が厳しくなるものとみてよさそうだ。
(2020/01/06更新)