縁側でうとうとしていたお医者さんが、床板を這う奇妙な虫を見つける。つぶそうとすると、なんと虫が口をきく。「わたしは人の腹の中で暴れ、筋を引っ張って苦しめるのを仕事にしています」と▼古典落語「疝気(せんき)の虫」は五代目古今亭志ん生らが得意とした医者噺。虫は自ら「自分は疝気の虫だ」と名乗り、「蕎麦が大好物。食べると力が出て暴れたくなる。でも、薬味の唐辛子は苦手だ」と語る▼江戸の庶民は、病気は体内の虫が原因だと考え、肝臓には「肝積(かんしゃく)」、胃には「血積(ちしゃく)」などの虫がいて、これらが悪さをするからおなかが痛くなると信じていた▼古来、疝気は下腹部の痛みの総称とされていたから、「疝気の虫」はかなり大物の〝病原虫〟だ。その弱点を知ったお医者さんは大いに喜ぶ。が、そこは落語。お医者さんはふと居眠りから覚めて、虫との会話が夢だったと気付く。噺は続き、下腹部にかけたオチは別にあるが、文字通り下ネタになるので割愛する▼コロナがウイルスではなく虫ならば、蕎麦の香りで誘い出して唐辛子でやっつけるところだが、落語のようにはうまくいかない。江戸の庶民は、お医者さんに「虫くだし」の薬を求め、神仏に「虫封じ」のお札や祈祷を求めたが、現在はワクチンを待つばかりだ。