「先生、頭が痛くてしょうがねぇんです」「頭痛だなぁ、そりゃ。葛根湯やるから飲んでごらんよ。そっちのお前さんは?」「腹が痛くて痛くて」「じゃあ、葛根湯やるからお飲み。で、あんたはどうした」「腹痛の兄貴について来ただけです」「そりゃご苦労だったなあ。退屈だろう、葛根湯やるけど、飲むかい?」。落語家として初の人間国宝となった5代目の故・柳家小さん師匠は滑稽噺を得意とした。落語小噺「葛根湯医者」もそのひとつ▼前座時代の昭和11年には徴兵されて歩兵連隊の二等兵となった。その年の2月、大雪が降った日に実弾を支給され「あれ、今日は、演習じゃねえんだな」と思っていたら、それが二・二六事件だったという▼扇子を使って「蕎麦を手繰る」芸は日本一といわれ、「店の蕎麦より小さんのそば」と評された。即席みそ汁のテレビCMに起用され続けたのも納得だ▼「手遅れ医者」という落語小噺も、この名人の得意ネタのひとつ。この医者、「もはやご病人は手遅れのようですな」としか言わない▼いつもの調子で「手遅れですな」とやっていると、患者の付き添いに「コイツはたったいま、2階から落ちたんですよ」と言い返される。「遅い。落ちる前につれて来なきゃ」――。5代目・柳家小さんは今年生誕百年。墓は乗泉寺世田谷別院にある。