政権が掲げる「一億総活躍社会の実現」。わざわざ担当大臣まで置かれているが、その名前を言えるというひとは、極めて少ないだろう。そもそもこれは、内閣総理大臣が自ら担うべき役目のはずだ。集団的自衛権が行使できるようになり「これでようやく、わが国も本当の意味での国際貢献ができるようになる」と述べた首相は、どのようにしてすべての国民を活躍させるつもりなのだろうか▼国際貢献、社会貢献、地元貢献。自己犠牲の精神で世の中に貢ぎ、献じる姿勢は尊い。それは認めるが、社会貢献しろ、するべきだ、して当然だと繰り返し強調されると、息苦しさを感じるのも事実だ。社会の役に立たなければ、生きている意味はないのか。そんなはずはあるまい▼映画「あん」は、どら焼の店に雇われた樹木希林さん演じるヒロインの人生物語。彼女が作る粒あんは絶品で店は繁盛する。しかし、彼女が元ハンセン病患者であることが知られると、客足が遠のいてしまう。事情を察した彼女は店を去っていく▼「私たちは何かになれなくても生きる意味があるのよ」。樹木さんの台詞が心に響く。生きること、それ自体が社会貢献のはずだ▼ハンセン病患者を強制的に隔離した「らい予防法」が廃止されて20年。彼女らの誇りを回復しないままで「一億総活躍」でもあるまい。