M&Aか廃業かの選択

そうならないように計画的な対策を


 事業承継対策は企業にとって重要な経営課題の一つだが、経営者にとってみれば自身の引退を考えることでもあり、また販路開拓や他社との競争といった目先の問題に追われ、先送りにされがちだ。

 

 しかし事業承継対策をなおざりにすることは、突発的な病気や事故の発生によって経営が不安定になったり、事業そのものの継続が困難になったりするリスクを抱えることを意味する。ある会社では、物忘れがひどくなってきたと感じた社長が病院に行ってみると「認知症」と診断され、慌てて親族や会社内から後継者を探したものの適当な候補者が見つからず、とうとう多額の融資を受けているメインバンクからM&Aによる会社の売り渡しを提案されてしまったという。

 

 この会社のように、もし社長に何かあった際に後継者が決まっていなければ、M&Aに踏み切るか廃業を選ぶしかなくなってしまうこともあり得る。仮にこの選択を検討してみるとすると、まず大きな違いとして財産にかかる税金が変わってくる。廃業した場合、解散事業年度の所得税と自社株への配当課税がオーナー社長にかかってくる。この場合、最高税率は55%だ。

 

 一方、M&Aを選んだとすると、自社株の売却益に対する所得税がかかるが、こちらは分離課税で20%の税率となる。税率だけ見ればM&Aが有利かもしれないが、もちろん廃業かM&Aかという選択は税負担だけで決められるものではない。

 

 M&Aを行うとなれば、今度は会社がより高く評価されるよう、事業価値の向上にいそしむ必要がある。売上の改善、経費支出の削減、必要ない資産の処分、役員や職員への業務権限の委譲などを進める必要があるが、中小企業のM&Aで特に重要となるのが、社長個人と企業との線引きを明確にすることだ。

 

 資産の賃借、ゴルフ会員権、自家用車、交際費など、中小企業では両者の線引きがあいまいな部分も多いが、第三者に会社の事業価値をはっきり示して譲るためには、どこまでが会社の資産かを明らかにすることが求められる。また自社株が親族などに分散しているなら、それらの整理も必要だろう。

 

 廃業するとなれば、会社が完済できない負債を社長個人が弁済する必要が生じることもあり得る。従業員を路頭に迷わせるわけにもいかない。M&Aと廃業のどちらを選んでも、限られた時間内で出した結論には無理が生じるものだ。大切に育て上げた会社が不本意な形で終わってしまわないよう、やはり事業承継対策は社長が元気なうちに進めておきたいところだ。(2019/03/04)