JR博多駅近くで昨年7月に約7億6000万円相当の金塊が盗まれた事件で、福岡、愛知両県警は5月22日、窃盗容疑で野口和樹容疑者(42)らを逮捕した。また、金塊の一部を転売した際、盗品と知りながら法人名義を貸したとして小松崎太郎容疑者(40)らを盗品等処分あっせん容疑で逮捕した。福岡市内では4月にも九州最大の繁華街・天神で金塊取引のため銀行から引き出した現金3億8400万円が強奪される事件が発生している。相次いで事件が起きた背景には、金の密輸をめぐる闇ビジネスがある。金の事件が相次いで起きるということは、金という商品が改めて注目されている証拠とも言えよう。
野口容疑者ら4人はその他数人と共謀して昨年7月8日午前9時半ごろ、福岡市博多区のビルの1階で、貴金属会社役員の男性(38)らが近くの貴金属店に売却する予定だった金塊160キロなどを盗んだ容疑で逮捕されたという。小松崎容疑者ら2人は他の1人と共謀して盗んだ金塊を転売する際に容疑者が役員を務める東京都内の貴金属店の法人名義を貸し、盗品と知りながら売却をあっせんしたとされている。
これまで闇ビジネスの中心は覚せい剤の密輸だった。だが、警察庁の発表によると2015年に入って以降、覚せい剤の密輸の検挙数が減っている。14年上期の67件が15年上期には49件に減少し、押収量も14年上期の281・1㎏から15年上期には117・7㎏へ減少している。
この覚せい剤の密輸に代わって台頭してきたのが金地金の密輸だ。全国の税関当局が2015事務年度(15年7月〜16年6月)の1年間に摘発した密輸件数は294件(前年度比1・7倍)。統計を始めた05年度は3件だったというから、実に100倍近くにまで急増している状況だ。脱税額は6億1千万円(前年度比2・6倍)に上り、過去最高を記録している。
そもそも、金は世界共通の価格で売買され、そしてほぼ非課税だ。ところが、日本では国内の売買には消費税がかかるため、1億円の金塊を国内の貴金属店は1億800万円で買い取ることになる。そのため、海外から金を持ち込む者は、税関であらかじめ消費税分8%を納める仕組みとなっている。ここに目を付けたのが闇ルートだ。入国時に申告をせずに税関を抜け、日本国内の買い取りショップに持ち込んで1億800万円で捌く。すなわち800万円が懐に入ることになる。
金地金は取引額が高額であり、消費税額も高額となる。また、覚醒剤などと違って非合法な商品ではないため、所持しているだけで摘発されるようなこともない。こうした〝安全性〞の高さも金密輸の闇ビジネスが横行する大きな要因といえる。
仕入れ先のアジア各国と地理的に近い福岡が密輸の舞台となっているようだ。金地金の密輸で摘発された事犯は、ほぼすべてが航空機利用の旅行者によるもので、手口は身体に巻き付けたり、土産物に隠したり、旅行バックを工作するというものだ。なかには皮膚に模したシリコンを腹部に装着し、その内側に金を隠すケースも過去にあった。密輸グループが組織されており、買い付け役、運搬役、転売先を探す仲介役などの役割分担を明確にしていることが多いようだ。これらの手口は覚せい剤密輸とそっくりだが、仮に空港で密輸がばれても「申告忘れ」と言えば、違法性は問われない。
また、金の闇ビジネスが横行するもう一つの理由として、金の価格が高騰していることが挙げられる。金価格の国際指標となるニューヨーク市場の先物は4月中旬に一時1トロイオンス1294ドルまで上昇。2016年12月の安値に比べ1割強上がった。東京商品取引所の円建て金先物は、円安傾向もあって2月中旬に一時、約7カ月ぶりの高値をつけた。一部の地金商では2月以降、店頭への持ち込みが16年12月の3倍に達しているという。
株式や債券などでは、価格の変動に加え、経営破綻した場合などには価値そのものがなくなる恐れがある。だが、金には実物が存在し、それ自体に価値があることが大きい。たとえ価格が変動しても、金の価値は世界中どこに行っても変わらない。そのため、金は不況や有事に強い商品とも言われており、投資環境が悪化するような時には、金の価値が上昇する傾向にある。安全性が高く、価値が普遍的な金に、有望な投資商品の一つとして注目が集まっているのは確かだ。
金投資のメリットばかりがクローズアップされているが、金の投資による注意点も押さえておきたい。まず金地金に投資しても、金には利子や配当金がつかない。銀行にお金を預けた場合は、その時々の金利に応じた利子を受け取ることができる。配当金を支払っている株式に投資すれば、配当金を受け取ることができる。もし将来、預金金利が3%や5%程度まで上昇しても、金には利回りはない。景気が上向き、金利が上昇するような局面では、利回りのない金投資は不利な商品と言わざるを得ない。
また、国内の金価格は為替相場の影響を受けて変動するため、相場によってその価格が変わってしまうことに注意をしたい。金地金は通常、国際市場ではトロイオンスを単位とし、ドル建てで売買されているが、私たちが国内で金地金を売買する際には、円建ての価格で取り引きできる。米ドル建てで表されている金価格をその時の為替レートで円価格に換算し直しているからだ。つまり、金価格は外貨預金などと同様、為替相場の影響を受ける商品なのである。
さらに保有に手間が掛かることが挙げられる。金地金は基本的に、購入すると現物を受け取る。そのため、量の如何にかかわらず、保管や管理をしなければならない。金庫を購入したり、貸金庫を借りたり、さらには盗難に備えて保険に加入したりするなどのコストが発生する。
この15年だけを振り返っても、世界経済ではさまざまなことが起きた。サブプライムローン問題やリーマン・ショックなど世界経済を揺るがす事態が発生しており、株式や債券、為替等は大幅な変動を余儀なくされるのだが、金価格はこうした金融不安が発生しても、長期的に上昇傾向にある。世界で金融市場への信用不安が高まれば、投資家はリスク回避の姿勢を強め、株式等の商品への投資は控えるが、金は比較的リスクの少ない商品として投資家から人気を集める。これが、金地金の闇ビジネスが横行する大きな要因だと言えるだろう。
(2017/07/01更新)