認知症でも辞めなくていい!

成年後見制度が変わる


 認知症などで判断能力に不安がある人が利用する「成年後見制度」を巡り、後見を受けても会社役員などを辞めなくて済むようにする新法が成立する見通しだ。同制度では後見する側とされる側の双方に様々な制約が課されることから、資産管理に不安があっても利用に踏み切れないというケースがみられたが、今後は認知症対策を踏まえた資産プランに新たな可能性が開けることになる。成年後見制度は近年になり、高齢社会に対応するため大きく変わりつつある。今後、後見制度をどのように活用して認知症に備えるべきか、制度の現状を探る。

 


 成年後見制度とは、認知症などで判断能力に不安がある人の財産を、家族や専門家が本人に代わって管理する制度だ。大きく分けて、本人の判断能力によって、代理となる人の権限が最も大きい「後見」、重要な法律行為をサポートする「保佐」、本人だけでは難しいと判断した行為にのみ関わる「補助」に分かれる。

 

 3タイプのうち意思能力を欠く「後見」と意思能力が著しく不十分である「保佐」を受けている人は、これまで業務に支障が生じるとの理由からか多くの法律で「欠格条項」の対象とされてきた。公務員になれず、弁護士や税理士といった士業資格も取れず、さらには建設業法や派遣業法の許認可など様々な場面で、成年後見の被後見人と被保佐人は資格に欠けるひととして規定されてきた。

 

 会社経営者も例外ではなく、会社法331条では、成年被後見人または被保佐人は「株式会社の取締役になることができない」と規定されている。そのため、社長が認知症を発症して成年後見制度を利用した結果、失職して収入を失うケースも生じていた。

 

188の法で欠格条項から削除

 しかし新法によって、こうしたケースは今後なくなりそうだ。衆院を通過した「成年被後見人等の権利の制限に係る措置の適正化等を図るための関係法律の整備に関する法律案」では、188の法律で規定されている被後見人と被保佐人の欠格条項を削除する内容が盛り込まれた。もちろん、そのなかには会社法も含まれている。

 

 法改正に至った背景には、「判断能力に不安があるからといって一律に排除するのは人権侵害」という考え方がある。過去には、被後見人となったことで選挙権を失ったダウン症の女性が裁判を起こし、東京地裁が「欠格条項は違憲で無効」との判決を下した結果、公職選挙法が改正されて被後見人にも選挙権が付与された経緯がある。

 

 こうした流れを受け、被後見人や被保佐人であることを欠格条項に掲げる188の法律について、該当する項目を一律削除するに至ったわけだ。新法は早ければ今年12月にも施行される予定。

 

 今後は現職の取締役が認知症となって成年後見制度を活用しても、職を失わずに済むようになる。むろん意思能力に不安があると診断された人を要職にとどめておくかどうかは別の判断とはなるが、少なくとも従来のように失職を恐れて制度を利用できないということはなくなるだろう。

 

 成年後見制度の利用者は徐々に増えつつある。昨年1年間の申立件数は3万6549件で、前年より2・3%増加した。制度が周知されてきたことに加え、それだけ後見を必要とする人、つまり認知症患者が増えたことが最大の理由だ。認知症患者は460万人を超え、2025年には約700万人まで増加することが予想されている。高齢者の5人に1人という割合で、まさに誰にとっても他人事ではない。

 

「身内任せ」顕著に

 成年後見制度の重要性は増すばかりだが、それにしては、利用件数の増加ペースはかなり緩やかにも思えるところだ。その理由としては、同制度の持つ独特の硬直性があると見られる。

 

 成年後見制度では、後見人が動かせる財産の裁量が細かく規制されている。原則的に本人の財産が減少する可能性のある投資や運用はできず、他者への生前贈与などもできない。あくまで「財産を維持しつつ本人のためになること」にしか財産を動かすことはできず、たとえ相続対策や会社の経営のために必要な取引であっても相当の困難を伴うという短所がある。

 

 制度の硬直性については国も認識しているのか、16年には後見人の権限拡大を認める促進法が施行されている。これにより被後見人宛ての請求書などの郵便を直接開封でき、被後見人の死亡後、相続人に引き継ぐまでの債務弁済なども行えるようにはなった。それでも資産管理の不自由さは拭えないが、認知症リスクが年々高まることで成年後見制度を利用する人は今後も増えていくものと予想される。

 

 そして、今年に入って成年後見制度を巡る特筆すべき変化があったことを覚えておきたい。最高裁は1月、全国の家庭裁判所に「後見人には親族などの身近な支援者を選任することが望ましい」との方針を提示した。昨年、後見制度を利用開始した人のうち親族が後見人となったケースは約4分の1に過ぎず、他は司法書士や弁護士といったプロだったことからも分かるように、これまで親族が後見人となるのは少数のケースに限られていた。

 

 最高裁が方針変更に至った背景には、認知症患者が今後増えるに従い、専門家だけでは後見人の仕事をまかないきれないという見通しがある。加えて、「今後はできるだけ身内で解決してほしい」という、後見制度を所管する厚労省の本音も透けて見える。後見人や保佐人を選任するのは裁判所であり、利用者が自由に選ぶことはできないが、今後は外部のプロを選任するケースがこれまでよりも少なくなる可能性は否定できないだろう。

(2019/07/04更新)