自治体が悲鳴

マイナンバーなんていらない

笛吹けど現場は踊らず


 自治体から送られてくる住民税特別徴収通知書につき、今年からはマイナンバーの記載が義務化されたが、実際に取り扱う自治体の多くでは、番号の記載を見送る方向にあることが分かった。マイナンバーは国を挙げての一大事業だが、まさに笛吹けど踊らず。いざ情報漏えいがあれば責任は自治体が取らされるだけに、ハイリスク・ノーリターンのマイナンバーに触れないことこそ、自治体にとっては最も確実なリスクヘッジということのようだ。


 全国の皆さんの好意を裏切って申し訳ない――。静岡県湖西市の影山剛士市長は会見で深々と頭を下げて謝罪した。湖西市では昨年同市にふるさと納税した164市区町の1992人に対して、誤って別の人のマイナンバーを記載した寄付金控除に関する通知書を送付していた。確定申告が不要になるワンストップ特例制度を利用する寄付者については、寄付を受けた自治体から寄付者の居住地である自治体に税を控除するよう通知するが、その中の一部に誤りがあった。

 

 自治体から自治体への通知だけに、湖西市では「情報が外に漏れる可能性は低い」としているが、マイナンバー制度が開始された2015年10月以降で最大となった漏えい事件を、国の個人情報保護委員会はマイナンバー法28条に定める「重大な事態」に該当するとし、同市に内部調査や再発防止に向けた取り組みを求めていく構えだ。

 

 ワンストップ特例は15年の税制改正で導入された制度で、同年の通知書にはマイナンバーの記載欄はなかったが、翌16年からは番号の記載が特例利用の条件となった。そのため、寄付者は寄付する自治体に対して自身のマイナンバーを記載するとともに、マイナンバーカードや運転免許証などの身分証明書を送るという手間が増えている。つまりそれは寄付を受けた自治体も同様の手間が増えたことを意味する。湖西市の総務部長は今回の事故につき「今年から通知書にマイナンバーを記載しなければならなくなり、事務作業が増えたため」と釈明したそうだが、そこには「扱いたくて扱っているものではない」という現場の悲痛な叫びが込められているように聞こえる。

 

利便性向上とはほど遠く

 マイナンバー制度のメリットについて政府広報のチラシでは、「公平・公正な社会の実現」「国民の利便性の向上」「行政の効率化」の3つを柱に据えている。

 

 「公平・公正」は税金の取りはぐれのない社会を目指すという意味で国にとっては必要なのだろう。だが「国民の利便性」について「いろいろと便利になった。こんなに良い制度なら、もっと早く導入してほしかった。本当にありがたい」といった声はついぞ聞かれない。

 

 同様に「行政の効率化」についても、市民と実際に接する自治体の現場から「マイナンバーによる効率化が目覚ましい」という感想が漏れ伝わることはない。現実には湖西市の総務部長のような叫びが聞こえるばかりだ。

 

 そうした状況の表れとして、マイナンバーに対して距離を置く姿勢の自治体は広がってきている。毎年5月に各自治体から企業に送られてくる「住民税特別徴収通知書」につき、今年からは全従業員のマイナンバーの記載が義務化されたが、これについて不記載の方向で検討している自治体が増加中だ。

 

特別徴収通知に載せない

 東京・大田区の佐伯正隆税理士が昨年末、都内を中心とする40自治体に対して同通知書へのマイナンバー記載についてのアンケートを行ったところ、明確に「記載する」と回答したのは9つの自治体に過ぎず(「法令通り」なども含む)、多くが「検討中」として記載しない可能性が高いことを示唆した。

 

 東京23区の税務課長会では、このアンケート以前に、特別徴収額の決定通知書へのマイナンバー記載について「必ずしも必要でない」として総務省に見直しを求めている。事業者はマイナンバーによって納税額を管理するのではないため不要というのがその理由だ。これに対して総務省からは、「正しい番号を行政と自治体で共有するため必要」といった旨の返答で、自治体の要望はけんもほろろに突き返されている。

 

 東京・中野区は、同通知書のマイナンバー記載欄にはアスタリスク(*)で印字し、住民のマイナンバーを記載しない方向であることを昨年11月の区議会での質疑で示したが、この余波は大きく、大阪市に対する市民らのヒアリングでも「中野区などの状況もみながら検討していきたい」と、波紋は全国に広がっていることが分かる。

 

 マイナンバーを記載しない方向である理由には、郵便物の紛失などによる情報漏えいのリスク、簡易書留で発送する際の郵送代、事務の手間の増大によるミスのおそれなどが挙げられる。まさに湖西市による事故であり、特別徴収の税額通知に先んじて、ふるさと納税で危険性が明らかになったということだ。「行政の効率化」どころか、手間の増大で事故が生まれているのが現状であり、そして制度導入の結果となっている。

 

 湖西市の事故や自治体の総務省に対する要望からは、マイナンバー制度に振り回されて困惑する自治体の姿が浮き上がってくるが、国民にとってもいまだ「利便性」や「快適性」は感じられず、ふるさと納税のワンストップ特例をはじめ手間ばかりが増えている。

 

 マイナンバーカードの普及率が国の予想をかなり下回っているというが、これは国民の防衛反応だといえるのではないか。また湖西市による事故は、あらためて制度の意味を考えるべきだという暗示ではないのか。国民的議論にしていく必要があるだろう。

(2017/04/01更新)