相続税対策ラストチャンス?

教育資金贈与の縮小を検討

制度恒久化から一転


 教育資金目的の一括贈与を非課税にする特例を、2018年度末に縮小する方向で政府が検討をはじめた。子・孫1人あたり1500万円というまとまった財産を贈与税なしに渡せるというメリットから、多くのリッチ層に相続税対策として活用されてきたが、その効果をフルに発揮できるのは今年度が最後となる可能性が高まっている。特例の利用を考えているのなら急がなければならないが、税優遇を受けるために必要な条件も多く、後々の親族トラブルになる恐れもはらんでいることを考慮した上での利用が求められる。


 教育資金贈与の非課税特例は、30歳未満の子や孫への一括贈与について、教育資金であれば受け取る側1人あたり1500万円まで、贈与税を非課税とするものだ。受け取った側が30歳になった時点で使い残しがあれば、残額に贈与税が課される。2013年に導入され、19年3月末が期限となっている。

 

 この特例については、これまで文部科学省と金融庁が制度の恒久化や30歳の年齢上限引き上げなどの拡充を求めていた。若年層への資産移転を図る狙いからも拡充がなされるとの見方が強かったが、ここにきて一転、延長はされても恒久化はされず、制度内容も縮減に動きそうな風向きになっている。

 

 政府は19年3月末となっている期限を2年程度延長する一方で、同制度に対して「世代を越えた経済格差を固定する」との批判があることを踏まえ、贈与を受ける子や孫に所得制限を設ける案や、1500万円の非課税枠の縮小、年齢制限の引き下げなどの案を議論するという。来年度の税制改正大綱に盛り込み、早ければ19年4月からの実施を目指す考えだ。

 

相続税対策用の特例としてメリット大

 教育資金贈与の特例は、13年にスタートして以来、順調に利用件数を伸ばしてきた。開始から半年弱で制度を利用した信託契約は4万件を超え、それ以降も右肩上がりで伸び続けて18年3月までの利用件数は約19万件、贈与金額は1兆5千億円に上っている。15年に始まった類似制度の「結婚・出産資金の贈与特例」が初年度3千件余りの利用にとどまったことと比べても差は歴然としていて、その理由は相続税対策として見たときのメリットの大きさにあると言われる。

 

 両制度は一定の年齢になった時点で使い残しがあれば、残額に贈与税が課されるという共通点があるが、教育資金特例では、贈与後に贈与した側が死亡したとしても、その時点での残額が相続財産に加算されることがない。また通常の贈与では死亡前3年以内の贈与はなかったものとして相続財産に持ち戻されるところを、教育資金特例では3年以内に相続が発生しても課税対象からは除外されることとなっている。つまり子や孫の数だけ、まとまった額の財産を非課税ですぐに移せるわけだ。

 

 この教育資金特例の最大の強みが、1兆円を超える利用実績につながっている。制度開始当初に比べれば利用増のペースも落ち着きつつあるとはいえるものの、今年度限りで税優遇が縮小される可能性があるとなれば、3月末に向けて〝かけこみ贈与〞が増えることになりそうだ。

 

 もっとも、特例を利用したとしても、1500万円を非課税で移転できたと喜んで終われるわけではない。特例を利用するためには様々な条件があり、また贈与した資金は名前のとおり教育資金に用途を制限されることになる。それらの条件をしっかり把握していないと、財産をうまく残すどころか、税負担が発生することに加えて、のちのち親族間のトラブルともなりかねないことを覚えておきたい。

 

 例えば、1500万円という非課税枠は、受け取る側1人当たりの上限だ。贈与する側からすれば、子や孫の人数だけ財産を一気に減らせるが、逆に言えば何人から贈与を受けても1500万円が限界だということでもある。仮に父方と母方の祖父がそれぞれ相続税対策に特例を使いたいと思っても、両者合わせて3千万円を渡せるわけではない。仲良く750万円ずつを贈与するか、あるいは早いもの勝ちにするか、孫を挟んで親族同士の対立にも発展しかねないため、贈与を実行する前には最低限の親族間の同意が必要となる。

 

 そして教育資金特例の最大の特徴は、贈与された財産を信託銀行が管理する点だ。贈与する側は専用口座を作って一括入金し、贈与された側は必要に応じて口座から資金を引き出していく。引き出す前と後にかかわらず、使った分については領収書などを銀行に提出して、教育目的に使われたことを証明する。

 

 教育目的として認められる用途の範囲は広く、保育料や学費だけでなく、スポーツ教室のレッスン代、定期券代、学童保育費、自動車教習所の費用なども対象となる。ただし「学校」以外に支払われるものは500万円が限度となっている点には注意が必要だ。子や孫が30歳になった時点で使い残しがあれば贈与税が課されるので、適用範囲を確認の上、きっちり使い切りたい。

 

特例の意外な〝落とし穴〞

 特例の意外な〝落とし穴〞になりかねないのが、資金の目的外利用だ。贈与された資金の用途が教育目的に限られるといっても、お金を使う場面に信託銀行の人間が立ち会うわけではなく、銀行は提出された領収書で、その資金が何に使われたかを確認するだけに過ぎない。つまり目的外の利用をしようと思えば、いかようにも使えてしまうわけだ。しかし領収書を出さなければ教育目的とは当然認められないので、贈与税の対象となる。

 

 ここでのポイントは、贈与税の目的外利用があったとして、実際に納税義務が発生するのは、子や孫が30歳になるか、やむを得ない理由などで信託契約が終了した時点ということだ。つまり信託口座を管理する親や、受贈者本人が1500万円で放蕩の限りを尽くしても、その時点では何も言われず、数十年後に突然多額の贈与税が課されてしまう。その時になって口座に1円も残っていなかったとしても、税務署が許してくれるはずはない。よかれと思って実行した贈与によって受贈者本人がのちのち苦しむことのないよう、特例を利用する際には、贈与後の運用管理にも気を払う必要があるだろう。

 

 なお、口座に入れたお金は教育目的以外の利用が認められないため、例えば最初に1500万円を口座に入れておき、その後、毎年残高から110万円ずつを暦年贈与に切り替えて贈与するといったこともできない。

 

 そもそも教育資金特例を利用する上で必ず知っておきたいのが、教育資金の贈与は、もともと非課税であるという点だ。国税庁が税について答えるタックスアンサーによれば、「夫婦や親子、兄弟姉妹などの扶養義務者から生活費や教育費に充てるために取得した財産で、通常必要と認められるもの」については、贈与税がかからないとされている。もちろん祖父母から孫への援助も含まれる。贈与税がかからない条件は「必要な都度直接これらに充てる」ことで、1500万円のような一括贈与は本来非課税にならない。だからこそ、特別に非課税特例が設けられているわけだ。

 

 子や孫の教育を資金面で支援するなら、わざわざ信託銀行などを挟んで、領収書を逐一提出するといった縛りを受ける必要は本来ない。それでも一括贈与することの利点は、相続財産をまとめて減らせるという一点に尽きる。つまり教育資金特例は、名目としては教育資金を若年層に移転させて教育をサポートするというものだが、その実質はリッチ層が財産を減らす「相続税対策専用」の制度だといえる。

 

 こうした特徴を踏まえれば、少なくとも子や孫が30歳になるまで自分が健在である可能性が高いなら、同特例を利用する必要はないだろう。ただし制度縮減に向けた動きが進んでいるのも確かだ。今後の議論も踏まえて総合的に検討し、うまく特例を利用していきたい。

(2019/01/08更新)