パナマ文書が世界の政治指導者を震撼させている。ロシアのプーチン大統領、英国のキャメロン首相、中国の習近平国家主席など、多くの国家首脳の親族や関係者が世界中のタックスヘイブンにペーパーカンパニーを設立し、そこに資産を移動させていたことが、ICIJ(国際調査報道ジャーナリスト連合)の調査で明らかになった。アイスランドのグンロイグソン首相は当初関与を否定したものの猛批判を浴びて退任し、イギリスでは「違法性はない」と主張したキャメロン首相に対して大々的な抗議デモが行われた。パナマ文書に揺れる世界各国とは対照的に、日本の政治家とその関係者の名前はリストに見つけることができない。その理由は、政治家にとって「日本こそがタックスヘイブン」だからだ。
キャメロン英首相は、親の投資資産を継承するためにタックスヘイブン(租税回避地)の仕組みを利用したことがパナマ文書で明らかになり、国民の激しい批判にさらされた。単なる資産隠しにとどまらない、タックスヘイブンのさまざまな〝利用法〞の一例が露呈した形かたちだ。
タックスヘイブンのこうしたスキームは、洋の東西を問わず世界各国の首脳らが大いに活用しているようだが、少なくとも今回発表された分に日本の政治家の名前は見当たらなかった。知人の名義や政治団体などを使うことで本人を特定しにくいようにしていることも考えられるが、そもそも日本の政治家は資産の継承を無税で行えることから、海外に資産を隠す必要などまったくないからだ。
日本の政治家は資金管理団体などの政治団体を活用し、じつに見事な無税事業承継をやってみせる。政党を除く「人格なき社団等」とされる政治団体は、収益事業に該当しない「寄付金」の収受には、法人税が課税されることがない。また、「公益を目的として事業を行うもの」と位置付けられていることから、寄付金に対して贈与税や相続税が課税されることもない。
つまり、親の政治団体から子の政治団体へ「寄付」として資産を移せば、子の政治団体には、法人税も贈与税も相続税も課税されることはない。ただし、政治団体間の寄付については、やみくもな政治資金の移転を防止するため、政治資金規正法による「量的制限」で、年間5千万円までとされている。
だが、これはあくまで「政治団体1つ当たり」の話だ。資金管理団体が、政治家1人につき1つと定められている一方で、それ以外の私的な政治団体については数的な制限など存在しない。すなわち闇のサイフはいくらでも持てるということだ。
親議員の持つ政治団体の数が多ければ多いほど、年間に寄付できる金額は多くなる。10の政治団体を持っていれば、年間5億円まで無税で資金移転が可能になる。さらに、年間1千万円までなら政治家個人が自分の資金管理団体に自分で寄付することも可能だ。政治資金でない議員個人の資産を、自分の資金管理団体を介することで、政治資金として子に引き継ぐこともできるというわけだ。
安倍晋三首相は、父の安倍晋太郎氏が自らの政治団体に寄付した約6億円の個人献金を政治団体ごとそっくり相続したと報じられている。晋太郎氏は全国に60を超える政治団体があったという。
2014年秋にずさんな資金管理の責任を取って大臣の職を辞した小渕優子元経産相も、父親である小渕恵三元総理が残した財産を複数の政治団体に迂回させて、見事な「資産継承」を果たしている。
そのカラクリを見てみる。
報道によると、00年5月に急逝した小渕元首相の資金管理団体「未来産業研究会」と同名の資金管理団体設立を優子議員が届け出る一方、旧研究会の代表者は元首相秘書官に代え、その日のうちに解散の届け出を行い、残金約2億6千万円をすべて使い切った。そのうち約1億6千万円を恵三元首相の複数の政治団体へ寄付している。01年3月に収支報告として届け出のあった優子氏の新研究会の収入が6千万円で、そのうち5千万円が元首相の政治団体からの寄付だった。翌年も同様の寄付が行われ、2年かけて約1億6千万円をきれいに〝相続〞完了した。もちろん、すべて無税だ。
当然ながら、これが一般企業ならば決して無税というわけにはいかない。父親が経営する企業を承継するとなれば、自社株の承継にかかる相続・贈与税が発生する。また、親名義の土地や建物、その他の金銭資産の承継にも税金が課税される。
一般納税者は、将来の相続を見越し贈与税の基礎控除額110万円の範囲内で毎年こつこつと生前贈与を繰り返すなどして、税負担を軽減するため努力しているケースも少なくない。同じ「家業を引き継ぐ」という構図でも、政治家と一般企業という違いだけで納税額に大きな開きが生じてしまうのだ。これを「議員の特権」として放っておくというのでは、納税者の立場として到底納得できるものではない。
こうした事業承継スキームだけにとどまらない。そもそも〝合法的使途不明金〞として法的に認められている政党助成金(交付金)の存在は大きい。本紙では、政治資金のブラックボックス化の温床である政党助成金の問題をこれまでも再三にわたり報じてきた。そもそも政党助成法はその使途について「制限してはならない」と自由支出を認め、使い道についても「適切に使用しなさい」と言うにとどめている。
借金の貸付と返済だけは使途として認められていないが、それについても、後述するように金を回していけば、実際には最終的に何に使ったかの把握は困難だ。このため、クラブやバーで使った遊興費をはじめ、自動車の購入、さらには税金の支払いに当てていたケースすらある。税金で集めたカネを自身の納税に使うのだから大した神経と言わざるを得ない。また次回選挙のための資金にも使えることから、選挙活動のうえで著しく公平さを欠くものという批判もある。
政治資金の私的流用疑惑への批判が収まらずに、ついに辞任へと追い込まれた舛添要一前都知事は、新党改革の代表に就任した2009年以降、資金管理団体であるグローバルネットワーク研究会や政党支部から、家族会社である「舛添政治経済研究所」に「家賃」としてほぼ毎月44万2500円が支払われており、少なくとも6年間で3000万円を移していたことが明らかになっている。
また、舛添氏が都知事選へ出馬表明する14年1月14日の前後に、2回に分けて新党改革の本部から前知事が代表を務めていた党支部に計600万円が寄付された。その後、前知事が離党して支部が解散する際に、その支部から前知事個人の資金管理団体に計526万円が寄付されたが、このうち429万円が「政党交付金」だった。政党支部や資金管理団体に入金された政党助成金の大半を、見事に個人の資金管理団体に環流させていた。
舛添氏が都知事に当選したのは、前任の猪瀬直樹知事に「政治とカネ」の問題が浮上してたった1年で辞任したことから、カネと利権から決別したクリーンな都政つくることが求められた結果だったはずだ。
こうした体たらくに、知事選で舛添氏を推した自民党からも「首都のトップにはそれなりの居住まいがなければいけない」(谷垣禎一自民党幹事長)と猛省を促すなど、厳しい意見が出ている。
だが、そういう自民党自体、カネに関して舛添氏にえらそうなことを言える立場なのかどうか。2014年分の自民党本部の収支報告書によると、谷垣氏が幹事長に就任した同年9月3日以降、総額8億5950万円が17回に分けて谷垣氏個人に支出されていることが報道されている。ちなみに同年度の自民党の総収入は234億円で、そのうち政党助成金と立法事務費が約185億円を占める。
さらに同年11月21日に安倍首相が衆院を解散すると、解散当日から投開票日の12月14日までの1カ月足らずの間に、今度は約4億7500万円が6回にわたって谷垣幹事長の政治団体に渡っていた。
最近になって、散々叩かれた舛添前知事の資金還流は、日本の政界全体から見れば氷山の一角と言える。政治資金問題に詳しいジャーナリストの三宅勝久氏は、政治とカネにまつわる諸悪の根源が政党助成金制度にあるとしたうえで「多額の政党交付金が入金されるが、そのうちの数十億円が使途不明金になっている」と指摘する。
「使途不明金は裏金として使われている可能性が高い。政党助成金は、報告書と合わせて領収書等の写しの提出を義務付けられているが、領収書の写しが添付できない場合には支出目的や金額、日付を書いた書面や銀行振り込み明細の写しを提出すればよいことになっている。政治家と企業の癒着を断つ目的で生まれたはずの政党助成金は、どこまで公開するかは各政党の判断に委ねられているため、実際には何に使おうが使途報告の義務はない。まさに自由なカネだ」(三宅氏)
政党助成金は、政策活動費の名目で有力議員へと流れていることが、市民オンブズマンなどの調べで明らかにされつつある。「民主政治の健全な発展に寄与すること」を目的に制定され(第1条)、税金として徴収し、国庫から政党の本部に入金された政党助成金は、各党内で調整され、その後は当然ながら党内で力のある議員の資金管理団体や後援会などに振り分けられる。
この資金団体というブラックボックスに入ってしまうと、そこから先は完全な闇となるのである。パナマ文書で世界各国の首脳による資産隠しの疑惑が浮上した。タックスヘイブンは言うまでもなく匿名性が高く、脱税や資金洗浄など不正の温床になる恐れも指摘されている。
だが日本の政治家は、日本にいながら堂々と租税回避や税金の還流を繰り返しているのである。日本の政治家にとって日本こそがタックスヘイブン(租税回避地)であり、タックスヘブン(税金天国)にもなっているのだ。
(2016/06/24更新)